昔話です。

今から20年ほども前の話ですが、私は写真学校の学生でした。

今はどうなのか知りませんが、学校の課題が出ると仲のいい同級生が集まって
誰かのアパートを暗室にしてプリントをしていたものです。

窓に暗幕を張り、現像液、停止液、定着液を作り、水洗の用意も、と一人分の課題を済ませるには
準備が大変なので何人かの間でローテーションを組んでお互いに部屋を提供していました。

部屋を借りる側は印画紙や、差し入れの酒やつまみを持ってくるのが
暗黙の了解のようになっていましたね。

その日は私が部屋を暗室として提供する日でした。

集まったのは私を入れて7人。

誰かがプリントしている間、残りの6人は暗室電球の赤い光の下で
ジュースや酒を飲みながら世間話や恋愛相談に熱をいれていたものです。
順調に作業も進み、7人が課題のプリントを終えたころ時計は午前2時を回っていました。

暗幕を外し、薬液を処分し酒を飲み始めたとき、誰かが、

「もう少しなんか食べるもの欲しいよなぁ。」

と言い、他のみんなもそれに賛同しました。

7人でジャンケンをし、3人が買い出し部隊としてコンビニへ行くことになり、
部屋の主である私はジャンケンに負けてしまいました。

その時一緒に行くことになったのが、同じアパートで私の部屋の隣に住むNと、
その日来ていた女子2名のうちの1人、S子でした。

私の住むアパートから路地を抜け、商店街を通り、
お不動さんを通り過ぎた最初の角を右に曲がって
焼鳥屋のある路地を150mほど進むと、幹線道路に出ます。

コンビニはその幹線道路に出てすぐ左手にありました。

外に出た私たちは表参道のキーウェストクラブってどんな店かな?とか、
ホンダのアコードエアロデッキってカッコいいよな!とか、
まぁそんな他愛も無い話をしながら夜風に吹かれて歩いていました。

お不動さんを通り過ぎ、焼鳥屋の路地に入って10mも進んだときでしょうか、
真ん中に居たS子が居ません。

後ろを振り返ると、路地の入り口で立ち竦んでいました。

「どうした?」

と声をかけるとS子は真っ青な顔で両手を思いきり振りながら、
私たち2人を手招きし始めました。

仲間内では霊感があることで知られていたS子の尋常ではない様子に
私たちも訝りながらS子の元へ戻りました。

S子の側に行くとなおも彼女は青白い顔のまま路地を注視しています。

というより、視線を逸らす事が出来ないと言った風でした。

改めて「どうした?」とS子に聞くと、彼女は
視線を前に向けたまま、一言だけ言いました。

「いっぱい、居る」

私とNは路地の方へ目をやりましたが、いつもと同じ路地にしか見えません。

「どこに?」とNが聞きました。

S子は

「ちょうど真ん中の辺りに居るっ。こっちに向かって・・・」

S子が言葉を呑みました。

その刹那、Nが声をあげました。

「痛ッ!」

Nは左の頬をさすりながら口元をゆがめて無理に笑顔を作りながら私の方を向いていいました。

「おい、こんなときに冗談やめろよっ!!」

私には何が何だか判りません。

S子は歯の音が聞こえるほど震えていました。

「冗談って、何がだよっ?!」

私はNに言い返しました。

「今、俺のほっぺたぶったろがっ!!」

Nの顔は笑ってません。

その時、路地に向かって真ん中のS子を挟むように、右にN、左に私が立っていました。

その位置関係で私たち2人は前に出て呼び戻された訳ですから、
路地に対してNと私は背中を向けていた訳です。その距離1.5mほどでしょうか。

当然、私がNの左の頬を叩ける訳が無いのです。

「どうやったらおまえの左のほ・・・」

私の言葉は最後まで出ませんでした。

今度は私が右の頬を叩かれたのです。

冷たく、水気を含んだような・・・例えが見つかりません・・・。

とにかくここから離れないと  何だか判らないが  危ない。

声をかけても無反応なS子を体格のいいNが抱え上げ、一目散にアパートへと走りました。

無事アパートへ帰り着き自分の部屋に入ったとき、
出かける前と部屋の雰囲気が違うような気がしました。

正確には「部屋にいる友人達」の雰囲気が、でしょうか。

彼らはこちらを見て、

「どうした?S子だいじょうぶなんか?」

と聞きました。

S子も現場を離れたせいか、少し落ち着いた様子で水を1杯飲むと
みんなを見渡して、言いました。

「気がついた?」

部屋で待っていた4人は口々に「やっぱり!?」とか「あぁ・・・」とか口に出しています。

私とNにはなんの事だか判りません。

4人のうちのもうひとりの女子、Yが泣き出しました。

「だって、一人多かったんだもん。」

説明によると、現像の作業中から部屋の中にもう一人「誰かが」いたらしいのです。

ジュースや酒を飲んでいたコップ、みんなが自分の部屋から持ってきて、
洗った後持って帰っているコップ。

数えると1個多い。

S子に「気づいてた?」と聞くと、「気づいてた」と。

現像の作業が終わって後片づけをはじめた頃には居なくなっていたようで、
気にはしてなかったそうですが、路地に同じような感じの影が佇んでいたそうです。

その日は皆、一人で帰りたくないということで隣のNの部屋で朝まで起きていました。

明るくなってきた頃、S子に

「あのまま進んでたら、俺達どうなってた?」

と聞きました。

彼女は、

「通りの真ん中のあたりに大きな穴が開いてて、そこからいっぱい這い出てきてたの。
多分、引きずり込まれたんじゃないかな・・・。」

「・・・・・。」

しばらくして私とNは引っ越しました。

今でも、あの路地が何だったのか、どんな曰く因縁があったのかは謎のままです。

東京23区、山手通から内側に少し入った所に、いまでもその路地はあります。


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