これは俺が21の頃、
都内の某繁華街でホストをやっていた頃の話。

誰もが一度は聞いたことのあるような街だけど、
見た目も、そして中身も汚ねえ街だった。

店の人間も、俺も、そして客も、
見え透いた嘘の中にある欲望はただひとつ。

そう、金だ。

オーナーから店長に圧がかかり、
店長から俺らに圧がかかる。

そして、最終的にしわ寄せがくるのはいつも女の子。

ホストに来る客っていうのは2種類いて、
営業と分かっていて疑似恋愛を楽しむ客と、
そうとは気付かず本気にしてしまう客だ。

ほとんどが後者だろう。

好みの顔から口説かれたら無理もないのかもしれない。

そして、遊びと割り切れない後者の子達は
身体を売っていることが多い。

客が金にしか見えていないホストと、
いつか一緒になれると思い、
身体を売って尽くす女の子。

結果は火を見るよりも明らかで、
悲しい結末を迎えることも少なくない。

事実、俺が勤めていた頃にも、
耐えきれず自殺した客の話はそう珍しくなかった。

そんな色んな念が渦巻いている街の、
暑い夏の日に起きた話。

その日、店はAM1時で閉店した。

ちょうど風営法が厳しくなった頃で、
この時間以降に店に客がいるのがバレると1発で営業停止になる。

他のグループ店で営業停止になった店があり、
店長もこのへんは特に厳しかった。

どこの店もそうだったと思う。

閉店してからは、自宅が徒歩圏内の人は帰宅、
電車組は店内で始発待機といったところだ。

俺はいつもご飯を食べて、
営業メールをしながら始発を待っていた。

AM3時頃、タバコを切らした俺は
下のコンビニに買いに行こうとしたんだ。

その頃には酔っ払って騒いでた連中も帰り、
電車組はほぼ仮眠、必要以上の照明は落とされ、
店内は少し不気味な雰囲気だったのを今でも覚えてる。

うちの店は9階建のビルの7階に入っていた。

繁華街によくある構図で、
敷地は狭いが縦に広いタイプ。

実際、店のドアを開けると正面に非常階段があり、
その間にエレベーターがあるぐらいでその広さは6畳もなかったと思う。

9階建のビルには全てホストクラブが入っていて、
ビルの前にはコンビニがある。

そこでタバコを買って、
俺はエレベーターを待った。

この時間帯にしては来るのが遅かったようにも思える。

狭いビルだ。

エレベータは一つしかなく中ももちろん狭い。

5人乗れるかどうかといったところ。

俺は7階のボタンを押して、
携帯を触っていた。

エレベーターが止まった。

あれ、もう?と携帯から顔を上げると、
そこには女の子が立っていたんだ。

この時は、よく顔が見えなかったが、
髪の長い女の子で…
あろうことか裸足だった。

背筋が凍った。

女の子が鞄一つ持たずに
裸足で立ち尽くすその姿は明らかに異質だった。

俺は動けなかった。

自動で扉が閉まろうとしたその時、
彼女は裸足のまま乗ってきた。

俺は操作パネルの前にいて、
彼女は俺の左後ろにいる。

何階ですか?

後ろも見ずに震えた声で聞いた。

返事はなかった。

その時に今いる場所が
4階だということに気付いた。

冷や汗なのか、脂汗なのか、
わからないけど止まらなかった。

どう考えてもこの状況はおかしかった。

気付いてしまった。

なぜなら、
ホストクラブしか入っていないビルで
閉店後数時間経ったこの時間帯に、
関係者以外に下から上に上がるやつはいるはずがないからだ。

ましてや4階から上にいくなんてあり得なかった。

左後ろに得体の知れない「何か」がいる。

確実に。

携帯を持つ手が震えていた。

閉めるボタンは押せずに、
自動で閉まるドアをただ見ていた。

7階までの数分、
いや数十秒がとてつもなくとてつもなく長く感じた。

…チーン。

着いた。

足が動かない。

怖くて。

自動で閉まろうとするドアを手で止めて、
なんとか降りた。

すぐ右に店のドアがある。

やっぱり怖いもの見たさってあるのかな。

それともこのドアの中に人がいるって安心感からかわからないけど、
ちらっとエレベーターの中を見てしまったんだ。

誰もいなかった。

少なからず酒も入っていたし、
気のせいだと思いたかったが、
彼女がいたであろう場所には
血のようなもので出来た足跡があった。

エレベーターはそのまま閉まり、
9階に上がっていった。

もちろん俺は押してない。

途端、ぞわっとした寒気に襲われて
店内に逃げようとしたその時、
店の向かいにある非常階段の扉が
バタン!と大きな音を立てて閉まった。

心臓が飛び出るかと思った。

夏場は蒸すから、
この非常階段の扉は開けっ放しになってるんだ。

何かの拍子に扉を止めるゴムが外れたみたいだった。

本来ならすぐに店内に入って朝を待ちたかったが、
確実に何かを見てしまった俺は、
この扉が閉まっているのがすごく嫌だった。

もちろん暑さじゃない。

(彼女の)逃げ道的な意味で、
どうしても開けておきたかった。

この考えがよくなかった。

この考えが俺にトラウマを植え付けることになった。

扉を開けて止め具のようなものを探している時に、
キィーというような音が聞こえた。

車の急ブレーキ音のような音。

でもおかしい。

急ブレーキはこんな長く続かない…。

だんだん大きくなる音。

うっかり扉から外に顔を出した俺が見たものは紛れもなく、
彼女が真っ逆さまに落ちていくところだった。

ハッキリと見た。

目を見開いて笑っているあの顔。

今でも夢に見るあの顔だ。

俺はその時、
人生で初めて腰を抜かした。

立てなかった。

もしかしたら、
生身の人間の自殺現場を目撃しただけなのかもしれないが、
俺にはそんなことどうでもよかった。

ただこの場から逃げたい。

その一心で、床を這った。

死ぬ気で店のドアまでたどり着き、
ドアノブを支えに立とうとしてる時に俺は見た。

いつの間にか1階まで降りてたエレベーターが上がってくるのを。

頭が真っ白になって、
助けてと叫びながらなんとか店内に入った。

仮眠してた同僚を叩き起こして、
店の酒を飲みまくって、昼まで寝た。

飲み始めてからのことは覚えてない。

起きてから荷物まとめてその店は飛んだ。

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