若い頃一人で何日も徹夜する事がよくあった。

当時は人も足りず、
社内で僕一人しかできない専門領域だったのだ。

でも夜は電話もかかってこないし音楽かけられるし、
けっこう仕事捗るから快適だった。

実を言うと徹夜仕事は嫌いではなかった。

午前0時を回ると守衛の足音が聞こえてくる。

でもこれがかなりアバウトで、
来たり来なかったり、
日によっては明け方もう一度回ってきたりする。

なんにせよその足音で我にかえって
休憩のきっかけになっていたので、
何気に楽しみにしてたように思う。

僕が詰めている部屋のすぐ横が玄関ホールだったので、
朝は出社してきた誰かがドアを開閉する音
(ガチャガチャとけっこう大きな音がこだまする。)
で居眠りからビクッと覚める。

日中は普通に業務をこなして、
定時後はまた徹夜コース。

お腹が空いて
明け方コンビニに買い出しに行くのは
非日常感あって楽しかった。

社用車を走らせ、
門衛に怪訝な顔をされ社外に出て、
買い物ついでにちょっと立ち読みして、
また門衛に怪訝な顔をされつつ社内に戻る。

そう言えば総務の同僚が、

「給湯室の冷蔵庫に缶チューハイが見つかって
大問題になった」

と話していたことがあったが…

それ実は僕が

「夜中だしちょっとくらいいいじゃん」

と買ってきて、
そのまま忘れて放置したものだ。

結局犯人は不明のままと聞く。

うちの会社は敷地が広大で
社内バスが運行してるほど。

大小様々、無数にある建屋も夜は殆どが無人になる。

一部の工場棟や海外事業部、
あとは数か所ある通用門の守衛の詰所くらいしか人は残ってない。

徹夜は基本的に禁止なので
自分のやってることは人事には内緒だったが、
まあバレてたと思う。

後で聞いたが、
やけに庇ってくれるお偉いさんがいたとか。

「わしら若い頃はそんなんじゃった。
そいつはええ根性しとる」

とかで。

当時詰めていた建屋は
社内でもかなり歴史のある、
言い換えれば古い建屋で、
別名「幽霊屋敷」。

どこにでもありそうな幽霊話もいくつか聞いていたが、
僕はそんなもの気にするタイプではなく、
真夜中にトイレに行くのも平気だったし、
真っ暗な階段を上って
屋上に出てタバコを吹かすのも好きだった。

2週間近く一人デスマーチ進行で
いよいよ疲労もピークに達した頃、
僕はとうとう変なものを見てしまう。

午前2時を回った頃だったと思う。

ふと妙な気配を感じて顔を上げ、
ドアの方を見ると…

すりガラスになったドアの向こう、
普段なら暗い廊下の闇色しか見えないはずだが、人影が。

背丈は子供。

ノースリーブのワンピと思しき白い服を着た女の子の後ろ姿がそこにあった。

後姿だ。

ドアのすりガラスに背を付けるようにして立っている。

髪は腰に届かないくらい。

時期は初夏、季節感は合ってるな、
などとぼんやり思った。

その時の自分はというと、
凡ミスを繰り返してイライラのピークだった。

そして場違い極まりないその女の子の後ろ姿を見て
湧き上がってきたのは、
恐怖や混乱ではなく「怒り」だった。

2秒ほど霊(?)を睨み付けた後、
PC画面に視線を戻しながら心の中で呟いた。
(出るのは構わんが、
仕事の邪魔しやがったら、
ぶ・ち・コ・ロ・す・ぞ・!)

と。

そして仕事に戻り、
あろう事か2分で忘れた。

そんなパンチの弱い怪奇現象なんかより、
ひたひたと確実に忍び寄る納期のほうがよほど怖いというものだ。

社畜舐めんな。

夜明け前、
さすがにへこたれてタバコ休憩しに屋上へ出た。

白み始めた薄闇の空の下、
煙の行方に目をやりながら、

「あ?そういやなんかへんなもの見たような・・・」

でもまあこんだけ疲れていれば
幻覚の一つや二つ不思議でもあるまい、
と流してしまった。

さらに数日の徹夜を経て無事納品、
僕は休暇を取って温泉に出かけた。

怪異について思い出すことは無かった。

さらに一月後、
プロジェクト全体が締めを迎え、
関係部署合同で打ち上げがあった。

僕の徹夜は公然の秘密で、
誰もが知っていて困ってしまった。

オカルト好きのOLが
怖い話は無かったのか?と聞くので、
例の女の子の後ろ姿を思い出した。

徹夜仕事の様子など織り交ぜながら
大げさに話してやった。

そして

「まあね、疲れてたからね、
幻覚だよ幻覚」

と付け加える。

聞いていた同僚の一人が顔を曇らせていたが、
特に気にしなかった。

店を出るとその同僚が声をかけてきたので
サシで一杯やろうとバーへ移動。

表情の固い同僚が
さっきの話は変だと切り出した。

「そりゃあ怪異の話なんだから、
変なのは当然だろう」

「いや、少女の幽霊のほうはいい。
ほんとにいたのかもしれんし、
お前の言うように幻覚だったかもしれん。
それはどっちでも構わん」

おかしな事を言う。

「じゃあなんだと?」

「守衛だよ」

「守衛?」

「そう、守衛だ。
守衛は、その…見回りはしない。」

「何…ですと?」

同僚が言うには、
守衛は委託を受けたグループ企業で、
その業務は門衛だけ、
夜間、各建屋内部の見回りなどはしないという。

そこで僕は大きな見落としに気付いてしまった。

夜間、うちの社屋に守衛が来たとしたら、
玄関のすぐそばにいる僕が気付かないわけがないのだ。

ガチャガチャと喧しいあの開閉音、
言われてみれば夜中に一度も聞いた事が無いではないか。

ならばあの足音は?

守衛のものだと思い込んでいた、
あの足音の主は?

毎晩慣れ親しんだ、
休憩の合図として愛着さえ抱いていた、あの足音。

…あれこそが怪異だったのか。

体温が下がる感覚。

熱を求めてウイスキーを啜る。

ま、いっか。

実害無かったしな。

というお話。

その後も何度も徹夜する事があったが、
やっぱり夜半を過ぎると足音が聞こえてくる。

玄関を出入りする騒がしい音も無いまま、
静まり返った建屋のどこかでカツカツと響くだけだ。

気付いてしまえばなるほど不自然ではあるが、
特に実害あるわけでもなかったし、捨て置いた。

その足音に不吉な印象は全く無く、
本当にただの足音なのだ。

お?今夜も来たな、くらいのものだ。

今では別の建屋で仕事をしているが、
その古い建屋、今はどこの部署も入らず倉庫として使われている
(つまり使われていない)と聞く。

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