俺が中学生の時、
家族で温泉に行ったときのこと。

夕飯前にひと風呂・・・と、
俺は父と弟と男湯へ、母だけが女湯へ。

俺ら3人が先に出て、
ロビーでコーヒー牛乳を飲んでいたら、
女湯の方から母の悲鳴が聞こえた。

「誰か助けて!!」

と叫びたおしている。

父が慌てて入口まで行き、

「どないしてん!?」

と聞いたが、
母は動揺した様子で要領を得ない。

女湯に入るわけにはいかず、
とりあえず母と俺は外から母をなだめ、
弟が旅館の人を呼びに走った。

話を聞いてるうちに母も落ち着いてきて、
どうやら誰かが中で倒れたんだということが分かった。

70代ぐらいのおばあさんが、
母が風呂から出てきたときに外から入ってきて
何かにびっくりしたような顔をしたかと思うと
突然ひっくりかえったらしい。

そうこうしてると、
弟が旅館の人を連れて戻ってきた。

救急車を呼ぼうとしたとき、
おばあさんの意識が戻り、
なんだか大丈夫そうなんで、
後は任せて俺らは部屋へ引き上げた。

機嫌よく夕飯を食べ、
それぞれまた風呂に入ったり
ゲームコーナーでハイパーホッケーをしたり
ベタな温泉の満喫の仕方をして過ごし、
いつもより早めに寝た。

夜中、
ふと目を覚まして冷蔵庫を覗いてると、
廊下が騒がしいことに気づいた。

どうも数人で何か話している。

ドアのところに近づいて聞いてみると、
何を話してるのか分かってきた。

どこかの部屋からうめき声が聞こえるというのだ。

「私にはよく分かりませんが・・・」

「えっ!?聞こえないの?
あんなに苦しそうなのに!
中で倒れてたらどうするんですか!」

俺は夕方のお婆さんを思い出していた。

俺がごそごそしてるのに気づいた母も起きてきた。

母は外の押し問答を聞いてドアを開けた。

「何かあったんですか?」

母が言い終わるか終わらないかで
隣の泊まり客と思しきおばさんが声をあげた。

旅館の人の説明で、
隣のおばさんが聞いたうめき声が
俺たちの部屋から聞こえていたらしいことが分かった。

母がみんな無事で何ともないことを言い、
隣の人々は部屋に引き上げた。

旅館の人も騒がせたことを詫びて戻っていった。

その後、
何となく釈然としないままもう一度布団に入った。

母はすぐに寝てしまったようだったが、
俺はなかなか寝付けなかった。

しばらくしたら、
何か遠くから聞こえてくる音に気づいた。

蚊が飛んでいるようなブーンという音に似ていた。

その音はだんだん大きくなり、
耳鳴りのように頭の中でウワンウワン鳴り出した。

ウワンウワン音の中で
何か喚いているような人の声が混じり、
日本語ではない聞いたことのない言語で怒鳴っている感じだった。

「これが噂の金縛りや!」

と、必死で動こうとしたら・・・

果たして、
意外に体はすんなり動いた。

すぐ横で寝ていた父を起こそうと近づいたとき、
何かに腕を掴まれ逆方向に引っ張られた。

寝ていた布団にしがみついたら布団ごと引っ張られる。

目には何も見えない。

ただ、ものすごい声と音が響き、
どんどんみんなと離れていく。

父や母を呼ぼうとしても声が出ない。

とうとう部屋の隅までいき
壁にどんと押さえつけられた。

ぐいぐいと押し付けられているような格好だが、
実際は壁側から引っ張られている。

そのうち壁の中に引きずり込まれるような気がして恐怖した。

めちゃくちゃに暴れながら、

「助けて!助けて!」

と叫び続けたが
声にならず、家族は爆睡していた。

「クソおかん!薄情者!アホ!ボケ!」

と怒鳴った(つもり)とき、
唐突に母がむくっと起き上がり、

「やかましいわ」

と言った途端
引っ張っていた力が消え、
何も聞こえなくなった。

母はすぐにまた横になり、
そのまま寝てしまった。

俺の顔は涙と汗と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

すぐに電気をつけ、
泣きながらみんなを起こした。

母はつい今自分が起きて
「やかましい」と言ったことを覚えていなかった。

父も
「寝ぼけたんとちゃうんか」と言ったが、
布団は壁際でぐちゃぐちゃになったままだったし、
絶対現実に起こったことなんだと主張した。

とりあえず寝ようということになり、
俺が寝るまで父が起きていてくれると約束し、
母に布団を敷きなおしてもらって寝た。
その後は疲れていたこともあり、
案外すんなりと寝れた。

朝になり、
俺は前の晩の隣のおばさんの様子を思い出し、
何か見たに違いないし
同じ声を聞いたのかもしれないと思った。

子どもの俺が支離滅裂に話したんじゃ失礼だろうということで、
母が話を聞きにいった。

俺の体験をおばさんに話したら、
確かにその声はうめきながら
聞いたことのない言葉で何か言っていたということだった。

壁を隔てて聞こえるぐらいだから
相当大きな声だったと思う、と・・・。

おじさんは、
おばさんほどは聞こえなかったが、
何か声がするとは思い、
思案の末、フロントに電話をかけて人を呼んだそうだ。

そして、母がドアを開けて外に出たとき、
俺の後ろにきちんとスーツを着た顔色の悪い男性が立っていて、
すぅっと消えたのを見たらしい。

それともうひとつ、
例の旅館の人にも聞いてみたら、
浴場で倒れたおばあさんは、
母と一緒にびしょぬれの女性が出てきたのを見たということだった。

風呂場からびしょぬれの人が出てくるのは普通のことだが、
服を着たままだったのと、ぼやけて透けていたことから
明らかに「普通でない」雰囲気を感じ、
驚いて気を失ってしまったのだ。

なかなか教えてくれなかったそうだが、
俺が怖い思いをしたことや
隣の人の話を持ち出して半ば強引に聞き出したらしい。

それまでその旅館でそんなことは一度も起こったことがなく、
どういうことなのかは分からないということだった。

尤もその時は俺を怖がらせないように、
母は何も教えてくれなかった。

おばさんは

「何か見間違えたか気のせいだったと思う」

と言ったということになっていた。

つい先日、
その時の話が出て、

「そういえばあの時はああ言ったけど・・・」

と聞いた次第だ。

もう20年以上経っている。

実は、子どもの頃、
うちの母と行動を共にすると、
何かが起こる確率が高いとよく友人達から言われた。

例えば、
夏祭りで出てたPTAの夜店の食券売り場におかんが座ってる間、
その後ろにずっと立っていたイケメンの霊を見たヤツが続出したり、
夜のミニバスの指導を手伝ってたとき、
帰りに血まみれの女が出た、とか。

だんだんと

「何か見たとき必ず○○のおばちゃんが居るよな」

ということになっていった。

面白いのは、
本人には何も見たり感じたり出来ないことで、
周りがキャーキャー怖がってても
何が怖いのか全く分かってないことだ。

それは未だに変わってない。

俺も母に似たのか本来霊感はゼロだ。

旅館での体験以外は、
みんながパニくる現場には何回も居合わせてるが、
見れた例は無く、怖いと思ったこともなかったし、
いつもポカーンとしていた。

母はもしかすると、
いわゆる霊感は無いにしても、
そういうものを呼び込んだり祓ったりする何かを持ってるのでは・・・
と、俺はちょっと疑っている。

本人は気づいていないようだが。

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