僕はその日、
職場で仲の良かった元同僚の片岡に呼び出されて
飯を食いながら話をしていた。

久し振りに会った片岡は
見るからに窶れていた。

片岡は窶れた原因について
僕に語り始めた。

片岡は朝の通勤ラッシュの中で
電車を待っていた。

そこは快速の通過駅で、
ホームでは各停を待つ人間が整列していた。

片岡は先頭の列だった。

アナウンスが流れ、
通過電車が近づいてきた。

電車が駅に差し掛かった時、
片岡の横の列から
するりと前に出る人影が見えた。

ブレーキをかける間もなく
電車は誰かを轢いた。

手足が千切れ胴体が裂けかけているのに
即死することができなかった人間が
線路の上で呻き声を上げていた。

列の先頭に立っていた者達は
絶句しながらその様子を見ていた。

数分経って漸く自殺者は事切れた。

構内は騒然となった。

騒がしさに紛れて
向かいのホームから線路上に降りる
中年とおぼしき女が見えた。

職員も乗客も誰も見咎めようとしないし、
視線すら向けていなかった。

女の顔は薬品か何かで溶けてしまったのだろうか、
醜く爛れていて、
鼻や頬などの起伏が無く、
目尻も潰れて黒目だけが浮いて見えた。

女は緩慢な動きで自殺者の遺骸を拾い、
黒いポリ袋に入れていく。

彼女が拾っていたのは
この世のマグロではなかった。

片岡は人混みを掻き分けてホームから去った。

片岡は一日中、
頭から離れない女の顔に悩まされた。

深夜になっても中々寝付けなかった片岡は
読書灯を頼りに本を読んでいた。

喉が渇いた片岡は階下の台所に向かった。

台所の扉を開けようとしたところで
片岡はズルズルと汁を啜るような物音に気付いた。

大学生の弟が
隠れてラーメンでも食っているのだろうか。

片岡は何の気なしに扉を開けた。

台所にいたのは弟ではなかった。

顔の溶けた女が
台所のテーブルに座って何かを啜っていた。

薄暗くてよく見えなかったが
女が啜っていたのは
脊髄のように見えた。

テーブルの上には
女に向き合うようにして首が置かれていた。

首は片岡に視線を向けて
何かを言おうとしていたが、
掠れた息が漏れるだけであった。

その後も女は職場や
窓越しの喫茶店などに度々現れては、
首と向き合いながら
内臓や骨を少しずつ食っていった。

そして黒いポリ袋は
徐々に小さくなっていった。

話はそこで終わってしまった。

僕はその後どうなったのかを聞いた。

「耳を食ってる……」

片岡の息は震えていた。

片岡の視線は
僕の隣の席に向けられている。

僕も隣を見るが誰もおらず、
片岡に向き直る。

「見えないのかよ」

舌打ちした片岡は
冷然と呟いてそれっきり黙った。

以降僕は片岡と距離を置き、
葬式にも行かなかった。

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