祖母の話。

小さい頃、
祖母の話を膝の上で聞くのが好きだった。

「昔々、婆ちゃんがお前と同じくらいか、
まだ小さかった時の話だ。
……ちょうど梅雨の時期でナァ、
3、4日ほど降り続いた雨が上がったけん、
裏山に遊びに行ったんよ」

そうしたら、
山のてっぺんで妙な物を見つけたのだと言う。

それは、ススキの生い茂った中にあったそうだ。

「最初は、ススキに『何かついとう』思うて近寄ってみたら、
茅に透明な寒天のようなもんがついとってな」

祖母は最初、
それをキノコの一種か何かだと思ったらしい。

「珍しいけん、他にも無(ね)ぇか思うて辺りを見たら、
寒天のいっぱいついた腕が落ちとった」
その腕は、雨蛙の緑をもっと透明にしたような、
透き通った緑色をしていたそうだ。
「形は人の手と変わらんけど、でっかい水掻きがついとうけん、
『こら河童の腕や』思うて、慌てて腕を持って山を下り始めたんよ」

何か考えがあって腕を持って下りたわけではなく、
とにかく『大事(おおごと)だ。大変なことだ』と、
大人の意見を聞かなくてはと思ったと祖母は言う。

「で、池の端まで下りた時に……
昔は山ん中でも、ちょっとでも水気がありゃあ田んぼ作っとったけん、
山ん中でもため池があったんよ。
そこまで来た時に、声がしてな」

すみません、すみませんと泣きそうな、祖母曰く
「高いのに野太い」声が聞こえて、祖母は足を止めたそうだ。

「姿は見えんけど、ため池から
『すみません、すみません。腕を返してください、腕を返してください』
ち言われてな」

返してくれと言われても、
別に取ったわけでもないのに、
と祖母は釈然としなかったそうだ。

「でも返さんわけにはいかんからな。
河童を怒らせると大水が出るというし。
……けど、返そうとしている相手が本当に河童なのか心配になったんな」

渡して大丈夫な相手なのか。

不安になった祖母は、池に向かって

「姿を見せろ」

と言ったらしい。

すると池の中から

「姿は見せられん」

と返されたそうだ。

なら

「河童だという証拠を見せろ」

と言うと、

「そうすっと、池の真ん中から、
切れている腕と同(おんな)し腕が出て来たけんなあ。
手に持ってた腕を池ん中に投げてやったんや」

河童は

「ありがとう、ありがとう」

と言い、

「お礼を山ん入り口の榊の木の下に置いとうけん使ってくれと。
それは、『どんな悪いものもたちどころに治してくれる』と」

その代わり今日のことは大人に言わないでくれ、
と言われて祖母は了承したそうだ。

「山を下りてから、
言われた通り榊の下に草で編んだ小さな箱があってな」

それは恐らく茅で編んだもので、
大きさは幼かった祖母の手の平より少し大きいくらい、
形は六角形だったらしい。

「同じく草で出来た蓋を開けるとな、
中には馬の油のような白っぽい軟膏が入っとった」

どんな悪いものでもたちどころに治す、
という河童の言葉を思い出し、
試しに擦り傷に塗ってみると、
文字通り瞬時に傷が消えたそうだ。

「こりゃあ大変なものを貰(もろ)うた。
大事に使わにゃ」

使った分がまた増えるということもなかったため、
それ以降、祖母は薬を大事に保管しておいたそうだ。

「不思議なことに、
草でできとる箱はいつまで経っても綺麗な緑色のまんまじゃったナァ」

大事に使わないと。

そう思いながらも、
一度だけ誘惑に負けそうになったらしい。

「婆ちゃん、頭が良くなかったけんな。
頭に塗ったら頭良くなるん違うかと思うたけど、
ちぃとも良(よ)うならんかった」

まだ残っていればお前にあげたんだがナァ、
と祖母は言う。

「爺サンが屋根から落っこった時に、
全部使い切ってしもうたんよ」

まあ、爺さんが助かったからお前が生まれたんだけどな、
と言って祖母は笑っていた。

それにしても、
何で腕なんて落っことしたんだろう。

それを聞き忘れたことが、
祖母にとって人生最大の後悔らしい。

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