今は一人前の医師になったが、
当時はヒヨッコだった。

医者はたんまりと儲かるものだと思って
医学部を目指したわけだが、
研修医ってのはマジで辛かった。

どんなに働いても給料は雀の涙。

しかも先輩にこき使われる。

通常の給料では生きてけないから、
医療関係のアルバイトをするのは結構当たり前だった。

ある日、バイトで山奥の診療所に行った。

一日目

「おぉ~君が新しいバイトか」

いかにも優しそうな中年の男性が出迎えてくれた。

彼の名前を仮に斎藤さんとする。

この日は特に何もなく、
普通に雑務をこなして帰った。

ただ、車で帰る途中、
後ろから何か、
視線ではないと思うんだが、
何かを感じた。

この時にはすでに目をつけられてたのかもな。

2日目、
この日は診療所に着いた時から
なんと言えば良いかわからないが、
すごく嫌な感じがした。

「顔色わるいぞ~。体調悪いのか?」

「あ、すいません。
なんでもないっす!」

なんとか誤魔化しながら
雑務をこなしていく。

「そうだ!
君さ、今日暇だったら
ここに泊まって行きなよ~」

いや、めっさ忙しいんですけど。

「いいよね!
いつも俺一人だからさみしくてなぁ。
お前の仕事も手伝ってやるからよ。
給料もあげとくからよ」

そこまで言われたら、
斎藤さんの誘いを断るのは悪いなぁと思って
泊まることにした。

もともと日中は大学病院で働き、
夕方から診療所、
23:00頃に帰るみたいな感じだったから
たいして仕事の量が増えるわけでもなく、
ただ泊まるだけで給料が増えるのは
当時の俺にはうますぎる話だった。

23:00を過ぎてから、
俺は斉藤さんといろいろたわいもない話をしていた。

そしたら急に斎藤さんが愚痴をこぼし始めた。

「俺もなんでこんなところにとばされたのかなぁ。
腕もそこそこいいとは思ってるんだけどなぁ」

「人柄がいいからですよ。
山奥の診療所って
なんかいかにも優しいお医者さんがいるって感じがしますよ」

「そうかな~。そうだよなぁ」

「そうですよ!」

「なんか救われたわ、ありがとな」

「そういえば、
斎藤さんはいつもここで寝泊まりしてるんですか?」

「…」

急に斎藤さんが黙ってしまった。

「帰れないんだ」

え?

「帰れないんだ」

「そんなに忙しいんですか?」

「違う」

さっきから明らかに斎藤さんの様子がおかしい。

「じゃあどうしてですか?」

「帰れないんだ」

もしかしたら聞いちゃいけないこと聞いちゃたんかもな~
と思い、話題をそらそうとする。

「そういえば…」

「帰れないんだ」

「どうしたん…」

「帰れないんだ!!」

バタンッ

部屋から出て行ってしまった。

何が起きたんだ…

あんなに優しかった斎藤さんが
急に怒鳴るなんて。

ここは一人にしておいてあげた方がいいのかな。

とか思いながら、
溜まってた大学病院での仕事を終わらせようと
デスクに向かおうとした。

「…っん!?」

体が動かない。

これが金縛りなのか。

まさか自分が金縛りになるとは
夢にも思わなかった。

本当に全く動けない。

唯一動くのは目だけだった。

当時幽霊なんて全く信じていなかったおれは、

「とうとう体が悲鳴をあげはじめたのかな?」

とか思ってた。

…ォ

「ん?」

…レォ

なんだ?

変な声が聞こえてくる。

…クレヨ

斎藤さんの悪ふざけかな?

…クレッヨクレッヨクレヨクレヨクレヨクレヨォ!!

やばい。

斎藤さんじゃない。

俺は目を可能な限り動かして、
音の正体を見つけようとするが見つからない。

ピチャ…ピチャ

マジか。

これはマジでヤバい。

どうしよう。

ピチャ…ピチャ

明らかに近づいてくる。

ッッ!?

急に体が動くようになった。

すぐ後ろを振り返る。

…何もいない。

何だったんだ今のは?

頭おかしくなっちまったんかな?

ピチャ…

いや、なんかいる。

殺人鬼とかだったらヤバい。

この部屋電気ついてるから、
人がいるとばれてしまう。

かといって急に電気消したら
それこそここに俺がいるとばれてしまう。

ここはひとまず、
斎藤さんと合流してどうにかしないと。

そぉっと廊下に出ようとした。

斎藤さんは居た。

か、『そいつ』も居た。

目の前には見たことがない光景が広がっていた。

斎藤さんは白目をむいていた。

そして、
逆に黒目いっぱいの『そいつ』を引きずっていた。

『そいつ』には足らしきものはなく、
上半身のみ。

髪の毛が長くて、
斎藤さんがそれを掴んで引きずってる。

「ア、イタヨ」

『そいつ』に見つかった。

「アタカミ?ちゃん行くよ」

斎藤さんがすごい速さで走ってきた。

気づけば俺は
診療所の出入り口に向かって走っていた。

人間って危機を感じると
考えなくても体が動くんだな。

後ろを振り向く余裕なんかなかった。

今すぐここから出たかった。

はぁ…はぁ…はぁ…

なんとか診療所から出た。

絶望だった。

そこらじゅうに『そいつ』がいた。

車に乗る余裕なんてなかった。

泣きながら俺は山林に逃げ込んだ。

今思えば、
『そいつ』たちは
自らは動けなかったのかもしれない。

10分ほどして、我に返った。

ここどこだ?

家はどっち方面だ?

…クレヨ…

遠くで叫んでいる。

少なくとも、
今は身に危害はないみたいだ。

少し落ち着いてから、
俺はとにかくふもとへ下り始めた。

しばらくすると、
小さな集落が見えてきた。

よし、助けてもらおう。

ドンドンドン

誰かいらっしゃいませんか~?

誰か~?

そういえば今何時だ?

時計は外したままだった。

こんな時間に起きてる人は
そうそういないだろう。

諦めて違うところへ行ってみよう

そう決心した時、

「ア、イタヨ」

え?

さっきまで叩いていた家の入り口から
村人らしきひとが白目をむいて、
手には『そいつ』を持っていた。

俺は自分がおかしくなるんじゃないかと思う位
泣き叫びながらまた山林に逃げ込んだ。

多分そう。

気づいた時、
俺は木に寄りかかって寝ていた。

太陽のひかりが差し込んでいた。

夢なんだ。

俺は夢遊病か何かでここにいるんだ。

自分にそう言い聞かせながら立ち上がった。

しかし、
流石に診療所に戻る気は起きず、
車は捨てる決心でとにかく下ろう、

そう思って辺りを見まわした。

斎藤さんがいた。

斎藤さんがニコニコしながら上の方から

「そんなとこで何してるんだ?」

「う、うわぁぁぁぁぁぁ」

気づけば俺は
大学病院のベッドで寝ていた。

「おい、しっかりしろ!!」

先輩の声で目が覚めた。

「あれ?俺どうなってたんですか?」

「今朝、斎藤って人がお前を運んできたんだ。
体のどこにも異常がないのに
お前ずっとうなされてたから心配したんだぞ!」

マジかよ…

「…斎藤さん、
何か言ってませんでしたか?」

「そうなんだよ。
“かわいそうに。もう逃げられないね”だとよ。
どういう意味だ?
お前薬でもやったのか?」

「そんなんじゃありませんよ。
あ、そういえば車山奥の診療所に置いてきちゃったので、
とりに行ってもらえませんか?」

「俺も暇じゃねぇんだ。
元気になったらお前が取りに行け。
今日はゆっくり休んで…」

「俺一人じゃあんなとこ…」

俺泣いちまった。

そしたらさすがの先輩も気遣ってくれて、

「なんかあったな。
仕方ねぇ。行ってやるか。
だが、お前も来いよ」

「はい…」

次の日、
教授には相当無理を言って休みをもらって
診療所まで行ってきたんだ。

「こっちです」

「は?こっちだろ。
そっち行き止まりだぞ?」

そんなはずない。

山奥までいくバイトだったから、
道順間違えて遭難なんかしたらやばいと思って
頭に叩き込んだはずだ。

「こっちですよ。
二日間通ったから間違いありません」

「間違いねぇって…
俺この辺詳しいから知ってるけどそっちは行き止まり。
そんなに信じらんないなら行ってみるか」

「はい」

本当に行き止まりだった。

目の前崖。

先輩の言ってた方に行ったらあった。

診療所が。

先輩が声を張る。

「斎藤さ~ん!
いらっしゃいますか~?」

「はいはーい」

違った。

俺の知ってる斎藤さんじゃなかった。

別人だった。

ってか女の人だし。

先輩も驚いている。

「あの…斎藤さんですよね?」

「えぇ。でもなぜ?」

「昨日、
この馬鹿を運んで来てなんていませんよね?」

「馬鹿って…」

「えぇ。初めましてよね?」

「ご主人とかいらっしゃいますか?」

「あの人は死にました」

「し、写真とかないんですか!?」

「こっちよ」

あぁ。マジかよ。

俺の知ってる斎藤さんじゃねぇか…

「そ、そういえば、俺の車…」

「車?そんなものあったかしら。」

後日、車は見つかった。

崖の下で。

以上です。

最後ですが、
この話は俺が狂っていない限り本当にあった話です。

幽霊を馬鹿にするのはやめた方がいいかも…

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