今から10年以上前に、
先輩から半年間預かっていたバイクで、
夜のドライブへ出かけたときの恐怖体験を書かせて頂こうと思う。

千葉市から出発して勝浦市へ着いたのは、
深夜2時を少し回った頃だった。

行きは車通りの多い幹線道路を使って行ったので、
同じ方面へ行く車や、
対向車とも頻繁にすれ違っていたのだが、
帰りは敢えて車通りの少ない山道を選んで帰ることにした。

勝浦から鴨川方面へ抜ける国道をのんびり走り、
天津小湊の辺りから県道81号線へ入る。

この道はすべてが舗装されているのだが、
ちょっとした山道や林道のような細い道を抜けていくので、

バイクで走るのはとても楽しいのだ。

それまで昼間の明るい時間帯には
何度も利用していたお気に入りのコースだった。

今では幅の広い立派なトンネルが出来たらしいのだが、
俺が利用していた当時は文字通り手堀り風の狭いトンネルしかなく、
深夜にそこを通るのはもの凄く恐ろしかった。

ちょっと大きな車なら天井や側面をこすってしまいそうなイメージの
非常に狭いそのトンネルは照明も十分ではなく、
例え事故を起こしても
翌朝まで誰も気が付いてはくれないような場所にあるのだ。

それまで俺は幽霊のようなものを一度も見たことがなかったし、
また成人するまでに見たことがなければ、
その後見ることもないと言うような話も聞いていたので、
心霊的な意味での夜道の恐怖というものを微塵も感じてはいなかったのだが、
あそこのトンネルなら出てもおかしくはないかもしれないと考えていた。

だから、その場所を
平然と抜けられるかどうかだけを気にかけていたと思う。

そんな矢先のことだった。

トンネルまではほど遠い、
グネグネ曲がりくねった狭い道を通り抜け、
土砂崩れを修復しているような極端に狭められた道を越えた先に、
30m程の直線が現れた。

ハイビームにしたヘッドライトが突き当たりに橋の欄干を照らし出す。

この橋を見た瞬間、
何か強烈に嫌な予感が襲ってきたのだ。

パニックブレーキのような強烈な急ブレーキを
無意識のうちにかけていた。

路面がやや濡れていたので
後輪がスライドしながらも、
バイクは最短距離で停止した。

ヘッドライトの照度がやや落ち、
アイドリングのリズムに合わせて明暗を繰り返す。

その先にぼんやりと浮かび上がる道は、
橋の直前でグイッと右に折れているため、
自分の位置からは橋を横から見るような形になっている。

その橋は右奥のほうへ延び、
林の陰になっているので
ほんの一部しか見ることができない。

照度が落ちたとは言え、
ヘッドライトが照らし出す範囲は、
まるでフラッシュを焚いたかのような明るさに満ちている。

反面その範囲の外は漆黒の闇に包まれていて、
生きた人間の進入を拒むかのような暗黒の世界が広がっていた。

この橋の直前までは
薄暗い街灯が適度な間隔で配置されていたのだが、
なぜかこの橋の部分は街灯の明かりがまるで見えない。

街灯が球切れしているのだろうか?

立ち止まって嫌な予感の原因を探ってみたのだが、
街灯の明かりが見えない以外には
特に不自然な部分があるわけでもなかった。

気を取り直してギアを1足に入れ、
クラッチをつなぐ。

ソロソロと走り始めると、
やはり圧倒的な拒絶感が生じて前に進めない。

もう一度停車してみたものの、
相変わらず見える範囲には何も無い。

ふと腕時計に目を落とすと
深夜2時30分を越えた辺りになっている。

Uターンして元来た道を帰ることも考えたのだが、
下り坂であると同時に道がかなり細いため、
バイクといえども
何度か切り返さなければUターン出来そうにない。

何より、
そんなところでモタモタするのは
何となく嫌な気がしたのだ。

今では体が全力でこの場を離れたいと
悲鳴を上げているように感じられた。

本能的な嫌悪感を無視して再度ギアを入れ、
一気に突き進む。

橋に近づくにつれ、
その全体像が明らかになってくる。

しかし何もおかしな物は見えなかった。

拍子抜けして一気に橋を渡り、
渡りきったところで一端停車して振り返る。

やはり何もない。

しばらくその場にとどまって様子を見ていたのだが、
それまでに感じていた胸騒ぎは一体何だったのだろうと
安堵しながら前へ向き直り、
もう一度バックミラーで真っ暗な後方を確認していると、
突然自分の正面の方で何か白い物がスッと動くのに気が付いた。

ゾクリとしながら慌ててそちらを見ようとした瞬間、
エンジンがストール。

ヘッドライトが正面の白い何かを捉えたまま
急速に消えていく。

俺はあまりの出来事に恐怖の叫び声を上げながら
パニックに陥った。

他のバイクはわからないが、
俺が借りていたバイクはエンジンが停止すると
引きずられてヘッドライトが消灯する仕組みになっていたので、
完全な闇に包まれたのだ。

手探りでキックスターターのペダルを捜し当て、
狂ったようにエンジンをかける。

一回、二回、三回…。

ドルルンという虚しい音だけが周囲に響き、
一向にエンジンのかかる気配が無い。

しかしキックと同時に一瞬ヘッドライトが薄暗く点灯し、
その先に何か白い服を着た人の輪郭がぼんやりと見えている。

5~6m程度先だろうか。

白っぽいワンピースのような服を着た、
髪の長い女性の後ろ姿であることがわかった。

それを正面に見据えつつ

『何でかからないんだよ~!』

と心の中で叫びながら、
少しアクセルを開けて、
もう一度強くキックする。

今度はエンジンがかかったのだが、
しっかり点灯したヘッドライトが照らし出したのは、
何もない空間だった。

あれほどはっきりと存在感のあった白い後ろ姿が、
いつの間にか忽然と姿を消していたのだ。

その場所へは絶対に近づきたくない、
だけどここでUターンするのも怖い。

真っ暗闇の後ろを振り返ることも出来そうにない。

その場から全く動くことが出来ず、
今見た白い陰を必死に分析しようとした。

あれがもし仮に、
本当に人間だったとしても、
こんな暗い場所で周囲には何もない林道のような寂しい道の、
しかも深夜の2時半に、
女性が一人で歩いていることはあり得るだろうか?

明かりも持たずに一人でいることなど、
どう考えても絶対にあり得そうにない。

しかも、こちらに背を向けて
道の端にじっと立っていることなど、
決して生きている人間のなせる事とは思えなかった。

その上、道の両端は深い森のようになっていて、
そこに入り込んだとしても
これほどの一瞬で姿を見失うことはなさそうだ。

ブルブル震えながら進むことも戻ることも出来ずに
その場で立ち往生していると、
今度は突然、耳元から

「一緒に探して…。どうしても見つからないの…。」

という
虚ろな女性の声がはっきりと聞こえてきた。

その後も何か聞こえたような気がしたが、
もはや、じっとしてはいなかった。

グリーンシグナルが点灯したレーシングライダーのように、
もの凄いスタートダッシュでその場を離れ、
後ろを振り返ることなく逃げ出した。

その後は特に何もなく無事帰宅でき、
特に体調にも変化はなかったものの、
あのとき耳元で聞こえた言葉が
何を意味していたのかは結局わからなかった。

その当時ネットで調べた限りでは、
あの橋の周辺で何か事件や事故のようなものは見あたらなかったのだが、
一体過去に何かあったのだろうか?

彼女は今でも深夜独りぼっちで
見つからない何かを探しているのかもしれない。

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