三年前の夏の話です。 
 
ある週末の夜、私は知人から麻雀の誘いを受けました。 
 
翌日何も予定がなかっでので、気軽に応じました。 

知人宅は私鉄沿線にあり、駅から少し離れた所にありました。 

私も数回しか訪れたことはなかったのですが、何とかなるだろうと、その時は思いました。 

そこは世田谷です。通りを隔てて町名が変わるような場所でした。 

また深夜というともあり、辺りは見慣れぬ風景になっています。 

携帯で知人に連絡を取り、番地を聞いたのですが、案の定迷ってしまいました。 

狭い路地に入り込み、歩くこと数分、目の前に公団住宅らしき建物が現れました。

その入り口らしき場所に、住宅表示板が見えました。 

私がその板の前に立ち、現在地を確認していると、何気に視線がそれました。

視界の端に黒い人影が………。 
それは階段の踊り場から、地面を覗き込んでいます。 

自分のいる所から百メートルほど離れていました。 
(どうやら男らしい) 

しばらく目が離せずいると、なぜか背中に悪寒が走りました。 

ここにいてはいけない。そう感じた瞬間、それはこちらに顔を向けました。 

私が駆け出すと、背後に足音が反響しました。 

ぺたぺたという音に思わず振り返ると、それはかなりのスピードで階段を降りてきます。 

(追われている)本能的に感じました。 

それを巻こうとして、細い路地を右往左往走りましたが、足音は近づく一方です。

そして、全くペースが乱れないのです。 

逃げているという実感は、強い恐怖となり、まるで押しつぶされそうでした。 

やっと街灯のある通りに出ると、突然女性の悲鳴がしました。 

出くわした女性が、私の尋常でない様子に驚いたのかもしれません。 

奇妙な話ですが、私はなぜか解放感を覚えました。 

何者かの悪意を振り切ったという感じです。 

コンビニ近くのバス停のベンチに腰掛け、動悸が治まるまで休みました。 

気持ちが落ち着いて、知人に電話しました。 

駅まで迎えに行くという話になり、私は電話を切らずに歩き出しました。 

道のりを誘導してもらいながら、きた道を引き返していると、急に通話が途切れました。 

辺りは人通りもない住宅地で、静寂に包まれています。 

すぐに背後から、ぺたぺたという足音が聞こえてきました。 

結局、その夜は知人宅へ行かずじまいでした。 

たまたますぐにタクシーを拾うことができたので、迷わず帰ることにしました。 

いきなり運転手さんに「運がよかったですね」と声をかけられました。 

あまり深い意味はなさそうでしたが、その一言は胸に響きました。

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