現役僧侶の暇潰しにございます。

お寺生まれのお寺育ち、
近所の家はだいたい檀家。

若いくせにいっちょまえに住職なんぞをしておりますが、
自身初となる心霊体験をして以来、
ぽつりぽつりと怪談収集を趣味としております。

それも、お寺にまつわるものを中心に…

自分の体験、親しい先輩僧侶の話でもそうでしたが、
どうもお寺の怪談には音に関係するものが多いようで、
これは先輩の先輩、Hさんという僧侶から聞いたお話。

H先輩はお年が40手前、
関東の大きなお寺の次男として生まれました。

私達の所属する宗派の経営する大学で、
長らく事務員を務めたのち、
跡取りのいないお寺から

「住職にならないか?」

とお呼びがかかった。

そうしてやってきたのが
私も住むこの片田舎です。

私の住むところからは車で1時間ほど、
そこそこ発展した地域にあり、なんと本堂は新築。

「新しく若い住職さんが来られるのだから、
本堂も新しい立派なものを」

と、檀家さん一同でお金を出し合って建てられたとのこと。

こうした思いにいたく心を動かされたH先輩は、
住職になられてそれは一生懸命勤めを果たしていました。

近隣の若い僧侶が定期的に集い、
色んな情報交換を目的とした勉強会を発案したのもこのH先輩。

そんなある勉強会の折、
本堂の内陣について解説をしてくれていた際に
変わったものを見つけた。

『維那』と呼ばれる、
勤行の最中に大きな鐘や大きな木魚を叩く鳴り物担当の人が座る席、
そのすぐ横に、とぐろを巻いた大きな数珠が鎮座していた。

維那というのは儀式の最中に内陣、外陣の動きを見て、
タイミングに合わせて儀式を進行する、

いわば指揮者兼演奏者のポジションにある。

リードギターとかコンマスみたいなもん?

じゃあさしずめ導師はリードボーカルだろうか。

ひどい脱線。

維那席は自然と本堂でも中心に近く、
なおかつ本堂のどこからでもそこが見える位置になっている。

そんなところに巨大な数珠、
いわゆる百万遍数珠といわれるものが置いてある。

この百万遍数珠、
京都のとある有名なお寺に由来する。

鎌倉末期に京都に蔓延した疫病を、
このお寺の住職が百万回の念仏によって鎮めたことから、

「一人よりみんなで念仏すればいっぱい称えられるじゃーん」

という、
ちょっとしたイベントごととして広まった。

赤子の頭ほどもある珠が繋がれた、
大きな数珠を大勢で輪になってぐーるぐーると回すのである。

お念仏の数を重ねるごとに、
どんどんその速度は増し、
やがて隣に引っ張られているような錯覚に陥る。

いつ終わるともしれない念仏と共に、
何度も何度もそうして妙な達成感とともにその数珠から手を離すと、
一緒に数珠を繰った人たちとの、えもいわれぬ一体感が生まれる。

機会があれば一度体験されてはいかがか。

「H先輩これって・・・」

別に、目玉が飛び出るほど高価なものではない。

置き場所に困ることこそあれ、
どこの寺院にもありうる。

思わずしげしげと眺めてしまったのは、
そのインパクトだ。

なんというか時代がついている。

とぐろを巻く、という表現がしっくりくるほど、
ぐるりと段々に重ねられ、
親玉と呼ばれる一際大きな珠がてっぺんに載っている。

そこからちょろりと紐が覗き、
なんとも蛇が舌を出したような塩梅になっているのだ。

「知人からの頂き物でね、
普段はこっちしか使わない」

そう指差す先には、
ひとまわり小さな百万遍数珠が無造作に置かれている。

無地のツゲでできた、
ありふれたものだ。

だがこっちはどうだろう。

茶色のような、赤紫のような、鈍く光沢を放ち、
一見それが木なのかどうか分からなかった。

触れてみると多分、木。

ひんやりとしてほんのり重たい。

何が塗ってあるんだろう。

「あんまり重いから繰るのに疲れちゃってね、
かといって仕舞っておくのも悪いし」

伺ってみると、
大学で勤めていた時に知り合った海外のお坊さんからのプレゼントらしい。

来日して大学に寄られた際、
お世話をする役になり、
色々と話をする内に、

「今度住職になるんです」

と言っていたのを覚えていてくれたそうな。

「でかくて重たい木の箱が届いてさ、
壷でも入ってんのかと思ったら、
数珠の珠がぎっしり」

これを1個1個、
自分で紐を通して数珠にしたのか…
考えただけでもけっこうな労力だ。

珍しいですねー、
と自分も含めて数人で眺めていたら、
H先輩が照れ笑いのような、苦笑いのような、微妙な顔で

「珍しいんだよ」

と呟いた。

それが何とも印象的で、何か困ってるのかと思い、
勉強会がお開きとなって後片付けを手伝いながら聞いてみた。

「あの数珠がさ、泣くんだよ」

最初はそう聞こえた。

色々言葉をやり取りしてみて、
なんとなく合点がいった。

「音が鳴るんです?」

それでもよく分からない。

木の珠に紐を通したものだ。

音が鳴るならコツリとか、カチャリとか、
想像の限りを尽くしてもそんな音だろう。

だけど先輩は首をひねった。

「鳥の声に近いかな。
最初は子犬とか子猫かとも思った」

野良犬や野良猫の類はお寺の境内によくいるもんだ、
最初はそう思ってたそうな。

「いつも聞こえるのは夜だしね、
でも犬猫にしては季節を選ばないし、
鳥なんか鳴く時間でもないし」

寝泊りする庫裏にまでは聞こえないのだけど、
火の元や電気を確認しに夜中に本堂を訪れると聞こえるのだそうだ。

ヒューともピューともつかない、
か細くて高い音が本堂の隅から断続的に聞こえる。

風の抜ける音にしては新築の本堂にはそぐわない。

電気系統かとも思い、
ブレーカーを落としても止まない。

床下から?

いいや、明らかに本堂内だ、
それも維那席から。

「音の出所は分かるけど、原因が分からない。
数珠を持ち上げてみたら止まるんだよ。
それで元に戻して、しばらくすると鳴る」

「ただの木ですよね」

「ただの木なんだよ」

被害なんて大げさなものじゃないから、
放っておいてるそうだけれど、
溜め息とともに煙草の煙を吐く先輩は、
なんだか疲れてそうだった。

根掘り葉掘り聞くのも悪いし、
かといって自分で確かめる勇気はどうだろう。

野次馬根性を出して面白がるのも、
真面目な先輩に対して失礼な気がして、
後味が悪いまま退散した。

すっかり暗くなって灯りのない境内を歩き、
本堂に向かって手を合わせて車に戻った。

遠くのほうで赤ちゃんが泣いている声を聞いた気がした。

ピューイと鳴いて遠ざかる、
シジュウカラのようでもあった。

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