もう5年も前になりましょうか。

僕はあるマンションを借りました。

初めての一人暮らしということもあり、
とても緊張していたことを覚えています。

借りられたその部屋は、
広さにそぐわない家賃でとても嬉しかった反面、
怪しいと思わなかった訳ではありません。

しかし、
そのマンションにかれこれ十年近く住んでいる友人の話では、
何の因縁も無く、
ついこの間まで会社員の男性が住んでいて、
実家の農家を継ぐ為に退去したそうですから、
僕は思い切ってソコに住む事にしたのでした。

そして住み始めてから
一週間近く経ったある日のことでした。

寝ていると、
けたたましくドアを叩く音で目が覚めました。

まだ意識が定まらないなか、
ポケットから携帯を取り出して
時刻を確認しました。

3時………夜中の3時………誰だ…迷惑だな、
とボヤキながら、体を起こして、
フラフラとしながらもドアに辿り着き、
覗き穴から招かれざる客の姿を拝もうとしました。

覗くと………
ソコにはだれもいませんでした。

僕はドアをみて、
廊下を見渡しました。

誰も居ません。

次の日の夜の事です。

また、ドアを叩く音で目覚めました。

時刻は再び3時。

連日の訪問に嫌気がさした僕は、
今日はこの迷惑極まるイタズラの犯人を捕まえてやろう
という気持ちでいっぱいでした。

布団から飛び起きた僕は、
脱兎のように扉に飛びつき、
勢い良く開け放ちました。

誰も居ません。

昨日と同じです。

僕はまたもや、
モヤモヤとした気持ちで布団に戻りました。

その日も、
それから寝付けませんでした。

朝にはイタズラと寝不足との苛立ちで、
最悪の気分でした。

次の日も同様に、
3時のイタズラは僕を苦しめました。

あと、僕の歯ブラシが
どこかへ行ってしまいました。

次の日、
僕がテレビを見ている時でした。

小腹が空いた僕は、
買い置きのカップラーメンを食べようと
キッチンに行きました。

シーフードが一つ残っていたはずでした。

しかし、
いくら探しても見つかりませんでした。

昨日の歯ブラシのこともあり、
若干の気持ち悪さを覚えたので、
もう一度戸締りをして、
もう寝る事にしました。

しかし、
一向に寝付けません。

そこで、
どうせ三時にイタズラで起こされるなら
時間まで起きて、犯人を捕まえてやろうと思い、
椅子を扉の前に置いて、
待機する事にしました。

しかし、
待つ事数分で強い眠気に襲われ、
いつのまにか寝付いていました。

起きたのは、やはり3時。

ドアを叩く音です。

スグにドアを開けようと、
鍵に手をかけました。

しかし………思いとどまり、
五回ほど叩かれた後
ゆっくりと開けました。

誰も居ません。

ドアを閉めます。

ムネを撫で下ろしました。

自分でも心境の変化についていけませんでした。

たぶん、
歯ブラシとラーメンのことが、
尾を引いているのだと思いました。

ドアの向こうにいるモノを見るのが怖かったのです。

その日も、
ソレからは眠れませんでした。

次の日、
友人にもう一度部屋について聞いてみました。

ですが、
この前と変わりありません。

僕はモヤモヤとしながら部屋に戻ると、
管理人さんが僕の部屋の前にジッと立って
扉を見つめていました。

思わずたじろぐと、
こちらに気づいた管理人さんは、
ペコリと会釈をして、
立ち去ってゆきました。

不安は大きくなるばかりでした。

その場で立ちすくんで、
もしや一連のことは
全て管理人さんの仕業かもしれないと思いました。

ですが、そう考えると
少し救われたような気がしました。

その日の夜。

3時にいつものように、
ドアの音で起きました。

ですがこの日はドアを開けに行きませんでした。

もし扉の向こうのモノに会ってしまったら………
と考えると体が強張りました。

ですから布団をより一層強く掴んで、
包まって、丸まって、
音が止むのを待ちました。

音は弱くなるばかりか、強くなって、
更に間隔がドンドンと狭まってゆきました。

最終的には部屋の隅から隅まで聞こえる位の、
大音量が連続で響き、僕の耳を蹂躙しました。

最後に、ドン………!!と、
とびきり大きい音が聴こえて、
静かになりました。

僕は安堵から、
体がふやけるのを感じました。

緊張からカラカラになった喉を癒すために、
水を飲もうと、立ち上がる寸で、
ドンドンドンとまた叩く音が聞こえました。

しかし、
それはドアからではありませんでした。

窓からです。

僕は窓を見ず、
固まる体にムチをうって、
鍵もかけずに家を飛び出しました。

朝。

僕はマンションの下まで戻ってきました。

昨日はあれからネットカフェで夜を凌ぎました。

そして、
しばらく眺めていました。

五階にある僕の部屋を。

帰ってきたその日。

僕はあえて自分の部屋に一日中いました。

ソロソロ、白黒をつけたかったのです。

3時の客人がなんであるのか、
確かめる必要がありました。

それほど僕の心は磨り減っていました。

そしてもう擦り切れる寸前だということもわかっていました。

ですから部屋でジッと待っていました。

時間は体感より、
ずっと早く流れました。

夜になりました。

3時です。

いつもの時間です。

そしていつもの音が響きます。

ドンドンドン!!!!
ドンドンドン!!!!!
ドンドンドン!!!!!!

今までの教訓でこれを無視します。

ここで見に行っても、
恐らく影すら掴めないでしょう。

音が激しくなり、
調子が勢い良くなりだします。

それに合わせて鼓動もまた、
早くなりました。

そして音は一旦止み、
とびきりが出た後、
再び止みました。

そして。

背後の窓を叩く音が聴こえます。

ドンドンドンドンドン!!!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!

僕は振り返りました。

僕はガラス越しに、
ついに犯人を見ました。

女性でした。

いや、人とは言えないかもしれません。

長く振り乱した髪が、
所々青黒くなったブルーチーズみたいな体に
ペットリとくっついていて、
その体は一糸纏わぬ裸体により
如何なく見せ付けられています。

ですが最も目を引くのは、
その顔でした。

唇とその周りの肉が無く、
歯茎と歯が丸見えになっているのです。

更に口が耳まで裂けていて、
顔の半分近くを占めているのです。

ですから、
歯茎と歯は獣みたいに大きく………

禍々しいものでした。

また顔のそれら以外のパーツはいたって普通で、
こちらをみて微笑んでいました。

真逆な顔で。

その女性は、
顔だけ真逆でアゴとかエラ辺りから髪を生やしていて、
頭部と首が繋がっているのでした。

僕はその姿に、
その瞬間は怖いだの、
気持ち悪いだのといった感想は
なにも感じませんでした。

ただただ、ヤバイ………と感じました。

自分の体とは思えないほどの俊敏さで部屋を飛び出した僕は、
後ろを振り返らず、
一目散にマンションから飛び出しました。

そして、
昨日のネットカフェに逃げ込みました。

そして、
呂律も回らないなか、
店員にどうしよう、どうしようと叫びながら、
掴みかかって揺さぶり続けました。

自分でも何がしたかったのか、
わかりませんでした。

店員に言って解決するものでもありません。

ですが、
とにかく助けが欲しかったのです。

店員は僕を諭すと、
奥に引っ込んで、
なにやら探しているようでした。

そして優しく
僕にズボンを渡してくれました。

僕には何のことかわからず、
唖然としていると、
店員が僕の腹部あたりを指差しました。

僕はそのズボンの意味を理解し、
すぐさまトイレに入り、
着替えました。

どうやら僕は何時の間にか漏らしていたのでした。

腹部から股下にかけて、
尿で散々に濡れていました。

僕は着替えて、
汚れたズボンを貰った袋に詰め込んで、
店で夜を明かしました。

次の日、
僕は管理人さんに実家にもどる旨を伝え
そのマンションから退去したのでした。

そしてつい先月。

そのマンションに今だ住んでいる友人にこの話をすると
友人経由で管理人さんに伝わったらしく、

謝罪をしたいと管理人さんに言われました。

僕はやはりあの部屋には恐ろしい、
いわくがあったのだと、
恐ろしく思いました。

そして管理人さんに会い、
話を聞くと、どうにもおかしいのです。

管理人さん曰く、
私は貴方が怪しく思っているのが可笑しくて、
一度だけノックをしてふざけたことがあったが、
それも一度きりで、
女の事など何もしらないのとのことでした。

僕は狐につままれた気分になりました。

一連のことは僕の妄想なのでしょうか。

その事より後にも先にも
恐怖体験をしたことは一度もありません。

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