父に聞いた話です。

若い頃、父はよく山に登っていたらしい。

で、ある山を登った時に体験した
不思議な出来事を話してくれました。

父は近場の山に一人で登山をおこなったのですが、
途中で道に迷ってしまった。

緩やかな傾斜の森の中、
真っ白な霧に囲まれながら
父は頂上目指して黙々と歩いていました。

初め霧の中で一人ポツンと取り残された父は
道があっているかどうかかなり不安だったそうですが、
途中から人の姿を見かけるようになり、
やっと人の通る所に戻れたと安堵した。

しかし、しばら歩いていた父はある異変に気づいた。

初めは2,3人だった人が、
しばらくあるくと今度は4,5人に増え、
そしてまた歩くと、一人、二人と霧の中から人が現れ、
最終的には20人くらいになった。

「其の誰もが変だった」

と父は言います。

皆が顔を沈めながら歩いている。

さらに、ここは山なのだ。

なのにそこにいた人たちの中には
スーツを来ている男性やスカートをはいている女性もいる。

どうみても山を歩くにはふさわしくない。

「でも、それだけなら変な格好の集団に出くわしたぐらいにしか思わなかった。
決定的だったのは彼らが父から付かず離れず
枯葉と枝で覆われた森を歩いているというのに足音が全くしないということだ」

(まずい、仏の群れにでくわした!)

このまま彼らとともに行けば、
自分も仲間になるやも知れない。

そう思った父は慌てて引き返そうと後ろを振り向いた。

すると、
その場にいた全ての人が一斉に父に振り向いた!

恐ろしさのあまり父はその場で固まってしまいました。

そして彼らは恨めしそうに父をにらみつけたかと思うと
一人、二人と消えていき、その場には父一人が残されました。

「えー、たったそれだけなの?」

この話を聞いた時、
私は悪霊の集団に囲まれた父の脱出劇という筋書きを期待していたのに、
あっさりと悪霊のほうが去っていったというオチを聞いて正直不満でした。

そんな私の不満げな様子を見て、

「もちろんこれだけじゃあない」

と父は言いました。

「気を取り直した俺は登山を続けようと思って振り返ったら、
ある恐ろしいことに気づいた」

「え、どういうこと!」

コタツから身を乗り出した私に、
父はその大きな手を私の頭に載せて
くしゃくしゃとなでてこういった。

「あと一歩前に踏み出していたら、
お前は生まれてこなかったということにだ」

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