2週間くらい前のある夏の夜のこと。

私は深夜ドライブを楽しんでいた。

俺が住んでるのは、
そこそこ大きな地方都市。

深夜になれば、
市内の幹線道路でさえも車通りはまばらになる。

そんな静かな街をドライブするのが好きだった。

私自身は車を持っていない。

なので、車持ちの友人と共に
今日も夜の街に繰り出していた。

野郎二人、郊外の温泉でお風呂とサウナを満喫し、
夜景スポットから市街を見下ろし、
気づけば時刻は深夜3時を回っていた。

明日もあるしそろそろお開きにしようということになって、
家に送り届けてもらう途中のことだ。

運転中の友人がトイレに寄りたいと言い出した。

私も喉が乾いていたので、
コンビニに寄ろうということになった。

ちょうど前方にコンビニがあった。

駐車場が無いのでコンビニ近くに一時停車し、
友人にコーヒー牛乳のおつかいをお願いした。

コンビニは交差点の角にある。

かなりこぢんまりとした店舗だったが、
すぐそばに地下鉄駅の出口もある。

地図で調べたところ、
この辺には大きな病院や学校があるようだ。

昼間はお弁当を買いに来る人たちで
さぞ混み合うのだろうと想像できた。

しかし今は真夜中だ。

外から見た感じ、
今入っていった友人を除けば
店内にお客さんは誰もいない。

友人の帰りが妙に遅い。

そろそろ10分近く経とうとしている。

小の方って言ってなかったか?

いや、唐突に便意を催して大の方をしているのだとしても、
ちょっとかかりすぎではなかろうか。

心配になり電話をかけようかというところで、
ようやく友人が戻ってきた。

しかしなにやら興奮した様子だ。

「どうした?随分長かったけど」

「後で話す!他にコンビニ無いか!?」

「あー、反対側100mくらい先にあるっぽいよ」

「用はそっちで足してくる!」

そう言って
友人は近くにあったもう一つのコンビニに駆け出していった。

いや、駆け出すと言っても、
漏れそうなのだろう、
中途半端な競歩みたいな様子だ。

トイレに先客がいたのだろうか?
一体どんなやつが占有してたんだろう?
DQNか?酔っぱらいか?

気になってコンビニを見つめていたが、
誰も出てくることは無かった。

それから5分後、
友人は帰ってきた。

「用は足せた?」

「ギリギリ間に合った。
それより聞いてくれよ、
このコンビニやばいぞ!」

友人の語るところによればこうだ。

件のコンビニに入ると、
店内左奥にトイレがあった。

飲み物の冷蔵庫の横にあるちょっとした通路の先には扉が3つあって、
右の扉に男女共用のトイレマーク、
左と真正面には従業員以外立入禁止の張り紙があった。

トイレには先客がいた。

ノックすると

「ごめんねー」

と若い男性の声が返ってきた。

友人はしばらく待った。

しかしトイレは空かない。

膀胱がそろそろ限界だとなってもう一度ノックした。

すると、

「隣のトイレ使ってもいいよー」

と中から返事が。

隣のトイレ?

つまり真正面にある従業員以外立入禁止の扉のことか?

なるほど、今トイレを使っているのは従業員で、
もう一つのトイレは従業員用にしてあるのか。

確かに、左と真正面のドアには
トイレ特有の鍵がついている。

そして真正面のドアは空室を示す青色が表示されている。

友人は真正面の扉を開いた。

そこは確かにトイレだった。

しかし使う気にはとてもなれなかった。

トイレには「仏壇」が構築されていたからだ。

曰く、壁には何枚もの掛け軸と御札が並んでいた。

トイレのタンクと蓋の上には花瓶、大量の日本酒、
加えて線香立てまでもがどっさりと並んでいたのだという。

友人はしばらく呆然とした。

しかしすぐさま、
忘れかけていた尿意が帰ってきた。

ここで用をたすのは無理だ!

そうして一度車に戻ってきて、
別のコンビニで無事にミッションを終えた。

……(友人の話ここまで)……

トイレに仏壇?意味がわからない。

しかし、友人が嘘を言っているようにも見えない。

第一、そんな嘘をつく理由がない。

だとしたら、
尿意がヤバすぎて幻覚でも見たのか?

自分の目で確かめたくなった。

私は実はオカルトが結構好きだ。

こんな話を聞かされてしまっては、
気になって仕方がない。

友人も同行することに渋々同意してくれた。

幸い、
友人が2軒目に駆け込んだもう一つのコンビニには
駐車場があった。

すっかり忘れ去られていたコーヒー牛乳を購入し、
我々は車に戻らずに問題のコンビニに向かった。

店内に入る。

なんてことはない普通の夜のコンビニだ。

店員の姿は見えない。

バックヤードにでもいるのだろう。

店内のBGMやアナウンスも止まっていて、
冷蔵庫の「ブーーーン」って音が聞こえてくるくらいの静寂に包まれていた。

ただ、自動ドアをくぐった瞬間から、
なんだか実家を思い出すような懐かしい香りがしていた。

何だったっけと思考をめぐらし、

「あ、これ線香の匂いだ」

と気づいた。

栄養ドリンクのコーナーと雑誌売場の間を進むと、
ATMと冷蔵庫の間の奥まったところに確かにドアが3つあった。

左と真正面が従業員以外立ち入り禁止。

右に男女共用トイレマーク。

確かに言っていたとおりだ。

しかし話と違うことが一点だけあった。

右のトイレには空室を示す青色が、
真正面の問題の仏壇トイレには
使用中を示す赤色の表示がされていた。

線香の香りはますます強くなっていて、煙たくはないが
まるで鼻の前で束で焼いてるんじゃないかってくらい強烈になっていた。

友人に聞くと、
「さっきはこんな匂いしなかった」らしい。

なんだか不吉だなあと思いつつ、
とりあえず右のトイレをノックする。

反応がないのを確認して、開けてみる。

こちらは至って普通のトイレだった。

かなり窮屈な個室ではあるものの、汚くはない。

トイレにあるべきでない異様な物も存在しない。

次に真正面の、つまり問題のトイレ。

ノックしてみるが、返事は無い。

ドアを開けようとしても、
やはりロックされていて開かない。

一応左の従業員以外立ち入り禁止の部屋も見てみた。

こちらには鍵はついておらず、
中は掃除道具入れになっていた。

出るまで待とうかとも考えた。

しかし、友人の話が本当だとしたら、
この中に居る何者かは、
その仏壇で何をやっているんだ?

それに、一つ引っかかっていたことがある。

友人がはじめに右のトイレを使おうとしたとき、
既に入っていた先客は何者なのか。

彼は確かに

「隣のトイレを使ってもいい」

と言ったという。

仏壇化したトイレをどうやって使えと?

更に言えば、我々が来て以来、
このコンビニを出入りする客は誰もいなかった。

確かにもう一軒のコンビニに車を停めに行くためにその場を離れたが、
目を離したのはせいぜい2分程度だ。

…友人がドア越しに話した相手が、
今この仏壇の中に居るんじゃなかろうか。

だとすると、
その人物と鉢合わせになるのは
何だかとても不味い気がする。

「なあ、お前の話はとりあえず信じるよ。
気味悪いから今日は帰らないか?」

友人も同じ気持ちだった。

踵を返そうとしたそのとき、

ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!

耳をつんざくような突然の爆音に腰を抜かしそうになった。

というか抜かした。

音は祭壇トイレのドアから響いていた。

内側の誰かがドアを激しくノックしている、というか
何度も不規則に蹴りつけているような音だった。

幻聴では無かったと思う。

ドアが揺れているのは目視でも確認したから。

友人と共に呆然としながらそのドアを見つめていた。

音が続いていたのは10秒くらいだったと思うが、
突然のことに凍りついた俺には1分くらいの体感だった。

そのうち、

ガンガン…ガン……ガン………ガン……

と次第に音は弱まり、
ついに何も聞こえなくなった。

すると次の異変が目に止まった。

トイレの空室表示が
赤から回転してゆっくりと青になっていく!

その様子は今もスローモーションで脳裏に焼き付いている。

半分くらい青になったところで、

「カチャリ」

と音がして一気に完全に青色になった。

鍵が空いたのだ。

「おい、逃げるぞ!」

後ろにいた友人に腕を捕まれて我に返った。

急いでその場を立ち去り、
車にダッシュした。

仏壇トイレ内にいた人物に、
後ろから追われてるんじゃないかと気が気じゃなかった。

なんとか車にたどり着き、
震える手でエンジンをかけて
コンビニと反対の方向へ急発進した。

帰りの車内。

友人と今体験したことを確認した。

基本的に二人の間で齟齬はなかった。

「ガンガンガン!」の瞬間、
友人も俺の後ろで凍りついていた。

だが、鍵が開いていく様子は、
俺の背中が邪魔して見ていなかったらしい。

代わりに、
「ガンガンガン!」が鳴り止んできたあたりから、
黒い煙?闇?みたいなものが
ドアの下からぞろぞろ湧き出してくるのを目撃したとのこと。

「ペンタブラックって真っ黒い塗料あるじゃん。
あれを霧吹きで撒いた感じだった」

…と、わかるようなわからないような例えをしていたのをよく覚えている。

この煙に飲まれたら死ぬ!と感じて、
空室表示に目を奪われて固まっていた俺の腕を掴んで
引きずっていってくれたらしい。

ちなみに俺も友人も霊感とかはない。

不思議な体験もないし、
幽霊は全く信じないタイプだった。

時刻は4時を過ぎていた。

あんな事があったあとで一人になるのはかなり怖かったが、
二人とも眠気がきていたので解散することになった。

家に送り届けてもらい、
また一緒にチャレンジしようと誓ってその日は別れた。


翌日。

俺はそのコンビニについて調べることにした。

ググっても事故物件らしき情報はない。

「狭くて品揃えが良くない」

みたいなレビューがあるくらいだった。

次に俺は友人をあたった。

幸い、そのコンビニのすぐ近くの医科大学に通っている、
サークルの後輩がいた。

いつも通話しながらゲームをする仲だ。

いきなり体験したことをそのまま伝えても
不審がられるのは明らかだったから、
それとなーくそのコンビニの話をした。

「この前そっちの家の近く通ったんだよ。
あの辺住みやすそうだよな。
駅のすぐ横に○○○○(コンビニの名前)あるじゃん」

「あーありますね。
大学構内にコンビニあるんで、
自分はそんなに使わないけど」

「そういえばそうか」

「あとあのコンビニ、
なんか暗いじゃないですか。
あんまり良い噂聞かないし」

「…というと?」

噂話ですけど、と前置きした上で、
後輩はこんなことを教えてくれた。

後輩の周りの人たちは
件のコンビニをあまり使わないらしい。

理由は色々と不穏な噂があるかららしく、

・深夜に行くと店員がおらず、
レジで呼びかけても誰も出てきてくれなかった
・店員がたまにゴツい数珠をつけたまま品出しをしている
・店内で線香の匂いがする
・店の入り口に盛り塩が積まれているのを見た

などなど。

いい感じの雰囲気になってきたので、
俺はあの日の体験を全て伝えた。

すると後輩は、

「え、トイレですか、
まさにそこでだいぶ前に自殺者が出たらしいですよ」

と驚きながらも教えてくれた。

曰く、10年前だったり20年前だったり
時期は噂によってまちまちだが
とにかく昔、店内のトイレでオーナーが首を吊ったのだという。

少しの間休業した後、営業は再開された。

現場となったトイレを使用禁止にして。

「この噂が本当だとしたら、
先輩が聞いたガンガンって音、
首くくって空中で暴れてもがきながら
ドアを蹴ってた音なんじゃないですか」

話の途中から俺もそんな気がしていた。

狭いトイレの個室の中、
どんな理由かはわからないけど
首をくくって、でも上手く死にきれなくて、
もがき苦しみながら足をばたつかせる…

そんなイメージが、
あの「ガンガンガン!!!」って音と共に
脳内再生された。

「…ありがとう。
ガチで気味悪くなってきたから
この話はもうやめにしよう。」

気晴らしに夜が更けるまでゲームをやって、
その日は終わった。


翌日。

あの夜を共にした友人に連絡を取り、
またドライブをすることになった。

早速あのコンビニについてこちらが調べたことを共有する。

友人の方は特に調べたりしていなかった
(というか思い出したくなかったんだろう)が、代わりに

「あれから毎日夢を見るんだ」

と言う。

曰く、真っ白な空間に
ポツンとあのトイレのドアだけが浮いている。

自分はそのドアをぼーっと見つめているだけで、
身体は動かない。

しばらく経つとカチャリと音が鳴って、
件のペンタブラックの霧が溢れ出すと同時に
ドアがゆっくりと開き始める。

ああ、このままでは中を見てしまう!

…というところで目が覚めるのだと。

霊障なのか、
それともトラウマ化して夢に出てきているのかはよくわからない。

でも、もう一度あのコンビニに行かねばならない。

真相をはっきりさせなきゃならない。

二人共、なんとなくそんな感覚を持っていた。

それに、そもそも俺はまだ
その仏壇化したトイレをお目にかかれてないわけだしね。

今回は最初にそのコンビニに行くことにした。

夜とはいえ日付が変わる前だったらそこまで怖くないだろうし、
仮に何かあっても
その後温泉に浸かれば色々と浄化できそうと踏んだからだ。

件のコンビニに着いたのは22時ごろ。

前回と同様、
近くの別のコンビニに車を停めて、コーヒーを買って、
一口すすって車に置いた後、件のコンビニに向かう。

読みは当たり、
コンビニの中には客が2人くらい居て、
店員がレジで接客していた。

新商品をPRする店内アナウンスも流れている。

これなら怖くない。

俺たちはそそくさとトイレの方に直行した。

左が掃除道具入れ。

右が普通に使えるトイレ。

真正面が問題のトイレ。

今日はどちらのトイレも鍵がかかってなかった。

心臓がバクバク言っている。

店員がレジ打ち作業中でこちらを見ていないのを確認して、
俺は真正面の、仏壇と化しているらしい謎のトイレがあるという、
そのドアを開けた。

…確かにぎょっとした。

そこにはトイレが有り、
タンクと蓋の上にはワンカップが並び、
壁には掛け軸がかかっていた。

だが、恐怖は感じなかった。

仏壇という感じではなかったからだ。

だって、タンクの上には
「商売繁盛」と書かれた色紙が置かれていたからだ。

線香立てもない。

「おい、これは仏壇というより神棚じゃないか?」

俺の肩越しに見ていた友人と前後を交代し、
友人もトイレを覗く。

「あ、あれ、本当だ」

「確かに繁盛祈願にしては大げさだけどさあ。
漏れそうで焦って見間違えたんじゃないか?」

「…そうだったのかもしれない」

「なんだよ、期待して損しちゃったよ」

首を傾げながら友人はドアを閉めた。

俺たちは

「そんなに繁盛して欲しいならなんか買ってってやるか」

ということになり、
風呂上がりに飲むためのコーヒー牛乳を買って店を出た。

念のためレジを打っているとき店員の手首に注目したが、
数珠も腕時計もつけてなかった。

だけど、盛り塩は確かにあった。

店の外の傘立ての影に一つ、灰皿の影に一つ。

円くて白い皿の上にきれいな円錐形で盛られていた。

きっと毎日交換しているんだろう。

その後、おっちょこちょいな友人を笑いながら温泉に行き、
閉館時刻いっぱいまで湯に浸かって、そのまま帰った。

友人もそれ以降、
変な夢を見ることはなくなったという。

でも、

「一回目に見たとき、
線香立てと御札は確かにあったんだ」

という点は譲らなかった。

残った疑問は、
あのとき聞いたドアを蹴る(?)音だ。

テンションが上ってたので
2人揃って幻覚幻聴に見舞われたと説明するのが
合理的な落とし所だろうけど、
そんなことあるんだろうか。

とりあえず自分をそう納得させているが、
しばらく深夜のコンビニでトイレを借りるのは止めようと思った。

夢に出てくるほどではないが、
俺もあの「ガンガンガンガンガンガン!」って音は耳から離れない。

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