叔父から聞いた話。

三十年くらい前、叔父が車を買って、
ドライブの距離を徐々に伸ばしていくくらいの時期。

その日は海岸線を走っていたのだけど、
海の風景に飽きて、山の車線にハンドルを切った。

それから三時間、ずーっと山の中。

途中まではアスファルト舗装の二車線だし、
初めての道なのでなんとも思わなかったけど、
さすがに三時間も山の中を走ってると、

「この道、大丈夫なのか?」

とオカルト的に不安になってくる。

そう思って走っていると、
信号が無いのはともかく、
文字や記号が一切無いのに気がつく。

道路標識だけでなく、
『この先何キロ工事中』とか
『落石注意』の看板なんかも全然無い。

とはいえ引き返すには走りすぎているから前に進むしかないのだけど、
とりあえずガソリンと時間だけはまだまだたっぷりあるのが救いだった。

さらに走らせて数十分、
先の遠いところで、
ようやく人が歩いているのを見つけた。

あの人に道を聞こうとスピードを上げたのだが、
はっきり見えるにつれ奇妙な人だというのが判った。

遠目には夏服か?と見えていたのが
寝間着にしか見えない。

ようやく近づくと、
両肩をだらっと下げたおっさんが、
多幸症のようにへらへら笑っていて、
目の焦点も合わずに歩いてくる。

一応隣になったら車を止めて、

「あの~」

と話しかけるのだけど、
全然こっちを見ずに歩みを止めない。

駄目だこりゃと思いつつまた車を進めると、
ようやく建物が見えてきた。

あの建物の人に聞こうと門を入っていったら、
サナトリウムっぽい看板が掛かっていたのだけど、
文字がよく読めない。

玄関につけて扉を開けて、
受付に若造が座ってたので挨拶したら、
なんか喧嘩腰っぽい態度で立ち上がってきた。

道を尋ねたら、
しゃーねーなーとウンザリした口調で

「あの道をそのまままっすぐ進んだら町に出るよ」

お礼を言って戻るとき、

「そういえば寝間着の男の人が歩いてましたけど、
ここの人ですかね?」

と言ったら、
若造が真剣な顔になってちょっと考え、

「あ!」

と大声を出して、
さっきの態度が嘘のように

「教えてくれて、ありがとうございました」

と丁寧に言ってきた。

車を動かすと、
若造の言うように本当にすぐ町に出た。

ガソリンも時間も大丈夫なんだけど、腹が減ったんで、
すぐに目の前のラーメン屋に入ってラーメンを頼み、
新聞をみたら、とんでもなく遠くの県に来ていることに気がついた。

といってもラーメン屋の主人には

「すいません、ここ、○○県ですか?」

と確認することくらい。
(たとえば千葉県を走っていたはずなのに、
青森県に来ていたとかの感じ)

まぁしょうがない。

食べ終えて帰りしな、

「そういえばあの建物って、療養所ですかね?」

と聞いたら、
そんな建物は無いと言われた。

頼んで地図を持ってきてもらったら、
延々走ってきた道がない。

少なくとも『すぐ町に出た』の曲がり角が存在せず、
そこだけは直に確認した。

「まぁ、またあの建物を探しに行く気力はないねぇ」

で、気になるのは、
あの多幸症っぽい男の人は、
若造に言ってよかったのだろうか?悪かったのだろうか?

あそこまで気が触れてしまっていたら、
(といっても叔父しか見てないのだが)
若造に内緒でこっちに連れてきても、
扱いは変わらないんじゃないだろうか?

【意味怖】意味がわかると怖い話の最新記事