登山をしていた頃、
北アルプスのとある場所で道迷いした。

もう日も暮れてしまって、
どうにもならない状態に陥っても歩き続けた。

稜線を歩いているし人気のある山だから多分、
しばらく歩けばどこからか光が見えるはずだ。

なんてことは無い、朝を迎えた時は
『あの時はやばかったなあ』なんて思えると信じて、
ひたすら稜線を歩いた。

今考えれば、
道を失って夜になったのにビバークしない時点で、
自分はまともな精神状態じゃなかったんだと思う。

20時を越えると、
秋口の山でも風が吹くととても寒くなる。

体感温度は零下。

稜線を諦めて下降して樹林帯に入った。

険しい道が続き、
いつ気づかない斜面で滑落するかわからないという状況を、
暗闇の中歩き続ける。

ふと樹林の中から呼ばれる不思議な声がした。

自分の名前を呼んでると分かって、
怖いよりもなんだか嬉しくて、
その声のするまま険しい道を進んでいった。

暫くして地図としっかり照合できる山道に出た。

助かった!まさに九死に一生だった。

そこでツェルト出してビバークして、
翌日無事下山した。

あとから思い出すと、その声は、

『○○、そこだ!いまだ!あー!』

『○○走れ!いけー!』

『もう少しだから最後まで諦めないっー!』

みたいな掛け声だった。

無論、道のない山の中だから走ったりできず、
ただ黙々とその声のする方に歩を進めるだけだったわけだけど、
不思議と声を怖いと思う気持ちはなくて、
じわりと心が温まって、
自分を応援してくれてる、
尽きた気力を振り絞って頑張ろうと思えた。

やがて年月が過ぎて、
母が50代の半ばで死に、
葬式の後に父親から昔のビデオテープを渡された。

そこには、
中学時代の自分がバスケ部の試合に出ていて、
それを母が応援しながら撮った映像があって…

その応援はまさに、
あの遭難の時の声そのもの。

中学の時は反抗期も伴って、
母親が試合の応援に駆けつけるのがとても嫌だった。

それで何度も喧嘩したことも殴ったこともある。

でも、母親はいつも応援に駆けつけてくれてた。

実家を出た後も、
ちょくちょく連絡をくれた母。

生きている頃から
ずっと陰ながら自分を心配して助けてくれていたんだと思うと、
涙が溢れてきて止まらなかった…

今もすごくめげた時、
とても仕事に追われて辛い夜など、
母のビデオを再生して母の若い時の声を聞く。

それで一泣きすると、
『頑張れよ』と天国から励ましてくれるようで、
翌日から頑張れる。

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