ルート営業やってんだけど、
そこで体験した話を書く。

俺の担当は山間部で、
国道沿いに集落やちょっとした店舗が点在するようなエリアだ。

取引先に顔を出しながらぐるっと回ると
1日の仕事が大体終わる。

距離は往復で60~70㎞位になるが、
毎日のことだから苦にはならない。

土地勘もバッチリ身についてるから、
時計や地図を見なくても現在地がどこで、
目的地までどれくらいかかるかはすべて把握している。

6月のある日、
小雨が降る中いつも通り営業車を走らせていた俺は、
突然の腹痛に襲われた。

昨夜の深酒のせいか、
この日は朝から体調が優れなかった。

が、こんな腹痛は初めてだ。

運悪く山道の途中で、
5㎞ほど行けばコンビニがあるけど、
そこまではとても持ちそうにない。

窮した俺は藪に隠れて用を足そうかとも思ったが、
それは最後の手段と決めて頭をフル回転させた。

「あっ、あそこに行こう!」

俺は近くにセレモニーホールがあることを思いだした。

そこは地元の葬儀社が経営するホールで、
建てられてから10年も経っていない。

俺は小雨の中を飛ばし、
ホールの駐車場に車を入れた。

運が良いのか悪いのかは分からないが、
ちょうど葬儀の真っ最中で玄関付近まで読経の声が漏れている。

普通のスーツ姿だった俺は、
出入り業者でございます的な顔をしてロビーを進み、
廊下の手前にある男子トイレに飛び込んだ。

葬儀中だから当然なのだろうが、
トイレ内は無人だった。

何の変哲もないトイレで、
入口左手の洗面台の横に小便器が5据並び、
反対側に個室が4据ある。

俺は一番手前の個室に入り、
ようやく窮地を脱した。

一波目は盛大に出たが、
中々便意が収まらない。

これは本格的に腹を壊した……と頭を抱えた。

どうしようかと思いながら俺はスマホを取り出し、
ドラッグストアを検索する。

営業ルートにそんなものがないことは分かっている。

多少遠回りしても
最優先で薬を買おうとあれこれ調べた。

トイレ内は静かだが、
微かに読経が聞こえてくる。

部外者という立場も相まって最高に居心地が悪い。

しかし、
中々便意が引っ込まない上に、
適当な薬局も見つからない。

俺は脂汗を流しながらスマホを睨んでいたが、
トイレの奥の方から変な音が聞こえた。

コン、コン、コン。

個室のドアを叩いているような音だ。

最初は掃除用具が何かの拍子で倒れたのかと思ったが、
それは違っていた。

コン、コン、コン。

今度はさっきよりも近くから聞こえた。

明らかに誰かがドアを叩いている。

トイレに入った時は無人だと思ったが、
個室に誰か入っていたのだろうか。

新しく誰かが入ってくれば扉の音ですぐ分かる。

だがそんな音は一度もしていない。

元々誰かが個室に潜んでいて、
タチの悪い悪戯をしてるのかと推理してみたが、
どう考えても無理筋だ。

コン、コン、コン。

3回目のノックは隣の個室から聞こえた。

次は確実に俺のいる個室がノックされるだろう。

コン、コン、コン。

来た。

俺は反射的に
コン、コンっとノックを返してしまった。

すると突然、
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!
と、乱れ打ちのように激しく扉が叩かれた。

俺は思わず

「ごめんなさい、ごめんなさい!
どうしても我慢できなかったんです!
すぐ出て行きますから勘弁してください!」

と叫んだ。

すると音は止み、
トイレ内はさっきまでと同じく
読経が微かに流れる空間へ戻った。

すっかり血の気が引いた俺は、
残る便意を無視してペーパーをくるくると巻きはじめる。

が、時間にして1分も経っていないにもかかわらず、
再びコン、コン、コン。と、最初と同じノックが聞こえた。

焦った俺は迅速に尻を拭うと
慌てて個室を飛び出す。

ドアの向こうに人ならざる者がいるかも知れないが、
個室で待ってるよりはるかにマシだ。

トイレにはあたりまえのように俺しかいない。

もちろん確認するつもりはない。

手も洗わない。

ベルトのバックルを掴んだまま俺はトイレの扉を開け、
駆け足で営業車に戻った。

俺の体験はこれで終わり。

今になって思うと、
これが心霊現象だったのかどうかは分からない。

ただ、俺にとっては人生最大の恐怖体験だったことは間違いない。

また同じような経験をしたら絶対漏らすと思う。

あの時はいくら漏らしてもOKな状態だったってことは、
ある意味運がよかったのかも知れない。

【意味怖】意味がわかると怖い話の最新記事