二年前に関西某所の病院で
学生の病院実習していた時の話。

実習っても学生は特にやる事も出来る事も無いんで、
白衣着て入院患者さんと話して診察もどきしてプレゼンを書く、
その他はほぼ指導員の先生の後ろをついて歩くだけ。

実習が始まって三日目くらい、
そうやって先生の後ろについて歩いていると、
変な医者が居るのを見た。

医者なのに暇そうに廊下に突っ立ってる。

誰か待ってるのかもしれないが廊下の隅だし、
俺みたいな下っ端でも忙しそうにはしてるんだから珍しい事だ。

黒縁のダサいメガネかけた40くらいの男で、
やたら目が大きくて正直変な顔してた。

よく表情の形容で『目が笑ってない』って言うが、
その逆で目だけが笑ってる。ギラギラ。

髪はボサボサだったけど、
小奇麗で普通の服装だった。

名札付けてて書かれた苗字は今でも覚えているが、
取り敢えずAって名前だったとする。

その後どうしても気になったので、
歩きながら指導員の先生に
「さっきの変な」って言いかけたら、

センセイはそこで俺を制止して、

「ああアレな、関わらんほうがいいよ」

って言う。

場所が場所だし
ちょっとは怖いなとも密かに思ったけど、
そんな超現実的な事とか実際にあるかよって思っていたから、
なんかよっぽどこの人Aさんの事が嫌いなんだなって
勝手に心のなかで納得してた。

イヤ、後になって

『お前それはもっと早くはっきり言っといてくれよ』

と思ったんだけれども…

その後も二、三回は廊下ですれ違ったりした。

でかい病院だったから、
遭遇頻度は他科の先生ならそんなもん。

それで、何人か死人も見て実習にも慣れてきた。

休憩があって地下の売店まで行ったら、
帰りの廊下で例のAさんとすれ違った。

見ると、患者衣のおばあちゃんが
手すりに掴まって歩いているのを介助してる。

多分、
入院患者が売店まで散歩したいって言ったから
付いてきたんだろうな。

で、いきなり患者がふらっと前に倒れた。

A医師は後ろ側に居たけど、
受け止めたから怪我はしなかった。

でも眺めてると様子がおかしい。

患者がぐったりしてて、A医師が

「脈が無い!」

って叫んだもんだから俺は慌てたが、
A医師が気道の確保やらはすると思って、
売店に設置されたAEDを取りに走った。

心臓が止まった時に
自動で助けてくれる機械だ。

取って戻ってきたら、
その医者はいわゆる心臓マッサージも人工呼吸もしないで、
それどころか自分も廊下の壁に凭れ掛かって、
患者を寝かせもしないで抱えたまま。

俺は驚いたが言ったように既に慌ててて声も出ず、
取り敢えず仰向けに患者を寝かせなきゃってんで、
A医師の方に近づいていって手を伸ばしたら、
医者は俺の方向向いて、めっちゃ顔近づけて、
大きめな声で、

「ばーーっ、ばーーっ、」

と言って、
ひょいと婆さんを俺に押し付けてきて、
俺は超ビビッたがそれどころではなく、
A医師は俺が答えないでいると、
変なフォームで廊下を走り階段を登っていっちまった。

俺は人を呼びに行ったのかなって思いながら
患者を下ろして寝かすと、
普通に胸動いて呼吸してて脈あるじゃねえか。

担架が来て他の医者が診て婆さんは病棟に運ばれていったから、
その場所を片付けて職場に戻った。

夕方に振り返った感じでは、
Aさんも錯乱したのか?
病院あんな医者雇ってて良いのか?って感じ。

でも夜、夢にAさんの叫んだ時の顔が出て、
はじめて『ああ、俺心底怖かったんだな』って思ったよ。

目を見開いて、
顎をストンと落としたように大きく開いてた。

まるで悪魔みたいだった。

翌朝時間があったんで、
指導してくれてる先生に俺が我慢できず
これこれこういう事があったんだけどって言うと、

(何しろ、その日の朝にもA医師を廊下で見て怖かったし)

先生が平然と返す所には、

「ああ、あの人は、
そういうコスプレ(襟付きのシャツに白衣と名札)で
病院内うろついてるだけの一般のおかしな人だよ」

って。

驚いたよ。

聞くと、今は警戒されているが、
以前は病棟にも入り込んで入院患者と話したりしてた。

何かの間違いで注射とかするハメになってたらどうしたんだ?
キチガイの手に患者の命を委ねるのか?

だいたいそんなヤツが
入院患者介助して付き添って廊下歩いているのも
おかし過ぎるだろ。

その男Aはしばらくして居なくなった。

病院からの通報で、
別の病院送りになったという話だ。

でもその後あいつが退院して、
同じ、あるいは違う病院の中で医者のフリして
平然としてるんじゃないか、と思うと怖い。

俺、もし何かで患者として診察室に入って、
こっち向いた医者があの男だったら、
卒倒して心臓麻痺で死ぬ自信あるしな。

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