これは中学2年の時の話。

俺たちのクラスは出し物を決める時期が遅く、
文化祭の前日になっても完全に準備を終えていなかった。

そこで仕方なく、話のわかる若い英語の先生に頼み、
夜学校の戸締まりが終わった後で、
一階トイレの窓だけ鍵を開けておいてくれるように頼んだ。

明け方そこから進入し、
本番までの間に最終準備を済ませてしまう計画だったのだ。

正式な集合時間は5時だったが、俺は自分の仕事が大分残っていたので、
幾人かの友達と3時に教室で会うように約束していた。

しかし、俺は2時半少し前には学校に到着した。

校舎を見上げると灯りが点いていなかったので、
俺が一番乗りなのがわかった。

俺は予定通りトイレの窓から侵入した。

校舎の中は灯りが無く暗かったが、
月明かりでほんのり照らされ、案外周りがよく見えた。

懐中電灯は持っていなかったが、特に不便は感じなかった。

俺は階段を静かに上がった。

そして2階廊下の端に立ったとき、
廊下の向こうに何かあるのが月明かりで見えた。

・・・人?

その人は頭をこちら側に向け、うつ伏せに倒れていた。

白いワイシャツ。

右手は胴に揃え、左手はこちらに向かって差し出されてはいたが、
力無く廊下に投げ出されていた。

肩幅などから男であることはすぐにわかった。

顔は床に突っ伏しているため見えなかったが、髪型の雰囲気から、
俺には鍵を開けておくよう頼んだ英語の先生に思えた。

何があったのだろうか。

俺は助け起こそうと思い、先生へ向かい小走りに駆けた。

しかし数歩、走ったところで立ち止まった。

なにか違和感があったのだ。

なんだろう。

俺は目を細めた。

すると確実ではないが、何がおかしいのかおぼろげながらわかった。

細部がどうもハッキリとしないのだ。

なんというか、不思議と現実感に乏しかった。

そして窓枠の影。

月明かりで廊下には、窓枠が順次影を落としていたのだが、
ワイシャツの上にあるべき影が無かった。

それが違和感の原因だったのだ。

そして俺は気が付いた。

先生はゆっくり動いている。

それは窓枠の影でわかった。

手の先にある影が、ゆっくりと体の方へ移動していた。

もちろん窓が動いているわけではない。

先生がこちらへ向かって移動しているのだ。

しかし手も足も動いてはいなかった。

ゆっくりと、そのままの姿勢でこちらへすべって来るのだ。

俺は急激に怖くなり、脇にある他の教室へ飛び込むと、
音の立たないように扉を閉めた。

今考えると、なぜ後ろを向いて逃げなかったのかわからない。

薄暗い階段やトイレに戻るのが怖かったのかもしれない。

とにかく俺は、教室に入ってしまったのだ。

しかし灯りのスイッチは入れなかった。

灯りを点けると先生に見つかってしまうような、
そんな気がしたからだった。

数分たっただろうか?

俺は教室の真ん中あたりの席に座り、じっと息を殺していた。

先生が気になった。

廊下に面した窓は明かり取り用の上部に一列。

あとは前後の扉に各々。

ここから実際に見える景色は、前後の扉の窓から見える廊下だけだ。

それも高い位置にあるので、もちろん廊下の低い部分は見えない。

もう廊下を通り過ぎて行ってしまっただろうか?

確かめたいが、ドアから首を出して覗きたくはなかった。

また少し時間が流れた。


しかし気になる。

俺は相手が消えてしまっていることを願い、確かめたかった。

状況がわからないのは不安でしょうがない。

俺は意を決して確かめることにした。

ドアの脇に身を寄せ、窓から斜めに覗けば少し見えるかもしれない。

俺はそっと席を立ち上がった。

その時目の隅、床の上に何かが映った。

そこには先生がいた。

今まで机の影になって見えなかったが、
先生はすでに教室に入っていたのだ。

ドアは閉まっているままだった。

そして教室の後ろ、
ロッカーの前の床を先生はゆっくりと移動していた。

先程とまったく同じ姿勢で、
ベランダの方向へ向かい、少しずつ動いていた。

そして間近に見て初めてわかった。

それは英語の先生ではなかった。

相変わらずうつ伏せの顔は、
黒くモヤがかかりハッキリしなかったが、
横顔の雰囲気から英語の先生でないことは確かだった。

白い半袖のワイシャツ。

左手は前方に、右手は胴の横。

しかし右手首から肘にかけては、変な方向へ微妙に曲がり、
折れた骨が皮膚を内側から押した形に少し盛り上がっていた。

足は真っ直ぐ伸びておかしな所は無かったが、なぜか裸足だった。

俺には気づいていないのだろうか。ゆっくりと動き続けていた。

こうなるともう我慢など出来るものではない。

俺は前方の扉へ走り、一目散に廊下へ逃げ出した。


結局俺は校門で友達を待った。

不思議なもので、アレは怖いが、
文化祭の準備も気になって帰れなかったのだ。

しばらくして友達が二人来た。

そして朝日が昇り、皆があつまると恐怖感は薄らいだ。

しかし、先程の経験をすぐに話すことは出来なかった。

口に出すとまた恐怖がよみがえりそうな気がしたからだ。

もちろん英語の先生は生きていた。

【意味怖】意味がわかると怖い話の最新記事