うちの地方に昔あったという言い伝えで、
たぶん『マヨイガ』系の話だと思う。

中学校で剣道部だったんだけど、
夏休みの合宿で町のお寺を借りて泊まったときに、
五十年配の住職が、
寝る前に本堂に部員を集めて話してくれた。


…昔々、村の百姓はふだんは山に入ることはあまりなくて、
炭や木細工、鳥獣肉なんかは、
必要があれば山住みの者から野菜なんかとの交換で手に入れてた。

もっとも焚き付けは薪と杉っぱで間に合うし、
木製の農具なんかは村で作ってたし、
塗り物の椀なんかは行商から買ってて、
ほとんど必要もなかったらしい。

それでも山菜やキノコなんかを採りにいくことはある。

その場合でも何人かで連れ立っていくようにして、
しかも踏み跡が道になってるところから
遠く離れないようにしていたらしい。

そうしないで道に迷ってしまうと、
山寺に行き着いてしまうことがあるから。

この山寺というのは、
ふだんからそこにあるわけじゃなくて、
道に迷った人の前に、
大きな山門が忽然と現れるという。

山門をくぐっていくと境内から寺の前に出て、
表戸が開け放たれている。

入ってみるとろうそくが灯ってて、
線香もけぶっているのに人の気配がない。

いくら呼んでもだれも出てこない。

もとの道に戻るには、
本堂のお釈迦様の像の後ろに地下に通じる穴があって、
ちょうど善光寺の戒壇巡りのような感じで、
人ひとり通れるくらいの幅。

ただしもともと真っ暗な地下洞窟だけど、
必ず目をつぶって歩かなければならないという。

どちらかの手で壁に触れながらずっと歩いて行くと、
ふっと壁の手応えがなくなって、
そこで目を開けると、
いつのまにか見知った山道に立っている。

これ以外の方法では元の道に出ることはできないらしい。

山寺の山門に入らなければ、
山中でただ迷うばかりで疲労死が待っている。

地下洞窟で目をつぶらなければ、
どこまでも果てしなく洞窟が続いて出口がない。

今にして思えば何かのロールプレイングゲームみたいな感じだけど、
この話を聞いた当時は、
そういうのを知ってる人はまわりにはいなかったな。

それから最も大切なのは、
絶対に寺のものを持ってきてはいけないこと。

欲にかられてほんのちょっとした何かでも持ってきてしまうと、
その人は村に戻れるけれども、名前をなくしてしまうという。

この名前をなくすというのも意味不明だけど、
住職はくわしく説明してはくれなかった。

もしかしたら
村の自分の家やなんかががなくなってしまうということかと
その時は考えた。

でなければ
家族を含めて村のだれも自分のことを覚えていないとか。

奇妙な話なんでずっと印象に残ってるし、
同窓会をやったときには、
元の剣道部員の間でこのことが話題に出てた。

一番不思議なのは、
この山寺を出て村に戻る方法なんかが
どうやってわかったのかということで、
大学のときに町史や郷土史の本なんかをあたってみたけど、
それらしいのは載っていなかった。

住職が中学生を喜ばせようとして作った話というのが
一番可能性が高いんだろうが、
もうとうに他界してしまってて聞くことはできないんだな。

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