弟の体験。

だいぶ昔のことになる。

そのころ小学校低学年だった弟は、
父に連れられて夜釣りに行った。

切り立つような崖の先端近くに父と並んで座り、
暗い海面に釣り糸を垂れていた弟は、
だんだん辺りが白く明るくなってきたことに気付いた。

「なんだ、もう朝になったんだ」

夜の海のあまりの暗さに、
少々不気味さを感じていた弟はほっとした。

ふと正面を見ると、
今まで何もなかった空間に
一本の道があることに弟は気付いた。

道は弟の足元から優しい光の中へと真っ直ぐに続いている。

なんだか道が自分を誘っているようだった。

弟は立ち上がって、何歩か前に踏み出した。

すると突然、
腕をつかまれてすごい勢いで後ろに引き戻された。

同時に父の声。

「何をやっているんだ!」

我に返った弟が辺りを見回してみれば、
周囲には夜の闇。

眼下には黒い海面が見える。

あの道はもうどこにもなかった。

弟は転落まであと一歩というところだったそうだ。

自分が見たもののことを弟が父に話すと、
父は妙に納得したように

「そうか」

と言ったらしい。

当時の私は、
不思議なこともあるものだと思っていたが、
十数年たった今では、
ただ単に弟が寝ぼけただけではないのかと思っている。

徹夜で夜釣りだし。

弟もいまだにその時の道のことを覚えていて、

「幻覚だったかも知れないけど、
本当に歩きたくなるような道だったんだ」

と言っている。

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