伯母から聞いた話。

40年ほど昔、
伯母は大都会から農業率100%の田舎へ嫁いだ。

初めて肉眼で天の川を見た、
10キロ先の踏切の警報が聞こえる、
と新鮮だったそうだ。

ある日、自転車に乗って
20キロ離れた小売店へ行ったら日が暮れてしまい、
途中ですっかり真っ暗闇になったそうだ。

まさに文目もつかぬ闇。

自転車のライトなど闇に吸いとられたように役に立たず、
側溝と道路の間を足先で探りながら少しずつ歩いていたという。

しばらく行くと、どこからかすすり泣きが聞こえ、
伯母は竦み上がって一歩も動けなくなった。

するとすすり泣きの主は子供の声で

「怖い、怖い」

と言っているのがわかり、
伯母は思わず

「大丈夫?怪我してるの?」

と尋ねた。

すすり泣きの主は

「怪我してない。怖い、助けて」

と泣きながら答えたので、伯母が

「おばちゃん、道のはじっこにいるの。
ここから離れると迷ってしまうから、
あなたがこっちに来られる?」

と聞くと、子供は

「うん」

と答え、
しゃくりあげながら近付いてくるのがわかった。

「慌てないでね、ゆっくりね」

と声をかけ、
触れられるところまで近付いたので、
伯母は自転車を停め、
子供を抱き上げ自転車の荷台に乗せてやった。

冷たくてザクザクした感触で、
その時伯母はスパンコールがたくさんついた服を着ていると思ったそうだ。

「おうち、どこ?」

「◯◯池」

◯◯池とは農業用水用の人工池で、
山の上の方にある。

民家はない。

「え? ◯◯池?」

伯母が聞き返した時、
後ろから車のライトが近付いてくるのが見えた。

伯母は車が通りすぎるまでに、
ライトの明かりで少しでも距離を稼ごうと、子供に

「おばちゃんにしっかり捕まって!」

と言って自転車に飛び乗った。

その時見えた子供の姿は、
表情のない丸い目、あご、首、肩の境がなくロケットみたいな頭部、
肩から下は人間の形だが素っ裸で、
スパンコールだと思ったのは鱗だった。

伯母は不思議と恐怖ではなく

「なるほど、◯◯池ね」

と納得したそうだ。

通常の何倍もの時間をかけて
ちらほら街頭のある里中にたどり着き、
そこからは一目散に家に戻った。

伯母は自転車から子供を降ろすと

「ここで待ってて」

と言い、急いで軽トラの鍵を取りに行き、
走って戻ると子供を軽トラに乗せて出発した。

薄明かりの中で見ても子供は異形だったが、
両手をしっかり握りしめてしゃくりあげている姿が可哀想で、
伯母は山道を急ぎ◯◯池へと向かった。

車で行けるギリギリの所まで行き、
子供を車から降ろしてやると、子供は

「ここから一人で行ける。
おばちゃんありがとう。ありがとう」

と言い、表情のない顔のままお辞儀をしたそうだ。

伯母が見送っていると、
子供は何度も振り替えって頭を下げた。

姿が見えなくなってしばらくして、
パシャンという水音が聞こえたので、
伯母は安心して山道を下ったのだが、
子供が乗ってない帰り道のほうが怖くてたまらなかったそうだ。

先にも書いたが、◯◯池は人工池なので、
何年かに一度、池の水をすっかり抜くことがある。

池干しと呼ばれ、老弱男女があつまって、
うなぎや鯉や鮒を手掴みで捕って遊ぶ行事でもある。

子供を送ってから最初の池干しの時、
伯母は心配になって行事に参加したそうだ。

大物を捕らえたとおぼしき歓声があがるたび
近付いて確認していたが、
見たところでどの魚があの子供かわかるわけもない。

どうか無事でいてと願っていると、
後ろからちょんちょんと背中をつつかれた。

振り向くと背の高い女の人と子供がいた。

ちゃんと首も肩もあり服も着ていて、
姿は全然違ったがすぐに

「あの子だ!」

とわかったそうだ。

女の人は表情を変えず、
一言もしゃべらず、
何度も何度も頭を下げた。

子供は無表情のまま

「おばちゃんありがとうね、ありがとうね」

と言って頭を下げた。

伯母はホッとして涙が出たという。

この話を聞いたのはずいぶん前なのだが、
伯母の葬式で知らないおっちゃんが
(たぶん近所の人)が酔っぱらって、

「◯美ちゃん(伯母)が嫁いできたころだったなあー。
◯◯池で見たこともねえくらい大きい真鯉が
ボートの近くまで上がってきてなあー。
網ですくって持って帰ったんだが、朝見たらおらんかったー。
こんくらいあったよー」

と両手を広げて見せていた。

たぶん盛ってるだろうが、
大きかったのは本当だと思う。

伯母の葬式の後、
すぐコロナ禍で人が集まれなくなったから、
おっちゃんの話を聞けてよかった。

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